最新 心理学事典 「ジェンダー心理学」の解説
ジェンダーしんりがく
ジェンダー心理学
psychology of gender
1960年代から70年代にかけてフェミニズム的価値が広まり,男女間の社会的不平等を説明する新しい性の概念として,ジェンダーが登場した。心理学にジェンダー概念が取り入れられることで,多様な心理学的特性をもつ個々の男女を生物学的性のみに基づいて社会的カテゴリーに分類し序列化すること,個人差を無視すること,男女の類似性より相違性を強調することの危うさが明らかにされた。
1960年代までの心理学では,心理学的性差は生物学的性差に由来するという前提に基づく性差心理学psychology of sex differencesが主流であった。パーソナリティや興味などの内的気質の有意な性差の発見をめざして,男性性masculinityと女性性femininityを1次元尺度の両極に位置づけて測定する性度尺度が多数開発された。他方,文化人類学者ミードMead,M.(1935)による女性優位文化の紹介が心理学にも影響を与え,心理学的性差をもたらすのは生物学的要因か文化的要因かという論争(nature-nurture debate)が1950年代に始まった。
1970年代には性役割sex role(現在はgender roleという)をいかに学習・獲得・発達させ社会化するかという発達心理学的な研究が盛んになり,強化とモデリングを重視する社会的学習理論や子どもの思考と推論のプロセスに重点をおいた認知発達理論の研究が行なわれた。マネーMoney,J.とエアハートEhrhardt,A.A.によるジェンダー・アイデンティティgender identityの発達研究(1972),マッコビーMaccoby,E.E.とジャクリンJacklin,C.N.の男女の心理学的類似性と相違性に関する研究(1974)が発表された。ベムBem,S.L.(1974)は,ジェンダー・ステレオタイプgender stereotypeを表わす男性性と女性性を互いに独立した二つの次元として別々に測定するBem Sex-Role Inventory(BSRI)を提案し,心理的両性具有psychological androgynyが健康であることを示した。米国心理学会の研究分野として女性心理学が確立したのはこの時期である。
1980年代に入ると心理学の諸分野でジェンダーが広く用いられ,研究テーマが多様化した。ジェンダー・スキーマgender schema,ジェンダー役割葛藤gender role conflict,セクシュアリティsexualityに加え,プレックPleck,J.H.(1981)に代表される男性心理学研究が進み,メタ分析が一般化した。さらにギリガンGilligan,C.は,『もうひとつの声In a Defferent Voice』(1982)の中で,公正さの道徳が文化的・普遍的だとするコールバーグKohlberg,L.の道徳発達段階説を批判して,女性の発達過程は他者への共感や同情の感情に基づいてなされることが多く,女性は配慮と責任の発達を示すと主張した。1990年代以降,ジェンダーは心理学的事象の分析に欠かせない実証的要因となった。最近では,新たな課題として,フェミニズムfeminism内の多様性をいかに理解し,自らの視点を選択していくかというフェミニストの矛盾,レズビアン,ゲイ,バイセクシュアル,トランスジェンダーなどのいわゆるLGBT(lesbian,gay,bisexual,and transgender)のセクシュアリティの問題,親密なカップル間の暴力,ジェンダーが社会的にいかに発達し,構築されてきたかが問われてきている(Unger,R.K.,2001)。さらに,リーダーシップleadership,セクシズムsexism,セクシュアル・ハラスメントsexual harassment,摂食障害eating disorder,性差医療gender-specific medicineなど,問題解決志向の研究やメンタル・ヘルスmental healthとのかかわりに関する研究が盛んである。以上のようなさまざまな研究を通じて,ジェンダー心理学はこれまで自明視されてきたことを俯瞰的視点から新たな問題として理解する道を開き,研究の客観性・価値中立性の問題を認識させ,結果の解釈をできる限り自覚的・批判的に行なっている。さらに,狭い専門領域に陥りがちな心理学の研究を,さまざまな分野との学際的な研究へと展開する道を開くことを通して,男性中心の心理学に対するアンチテーゼとしての役割も果たしている。 →ジェンダー →性差
〔鈴木 淳子〕
出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報