日本大百科全書(ニッポニカ) 「ジュリアス」の意味・わかりやすい解説
ジュリアス
じゅりあす
David Julius
(1955― )
アメリカの生理学者、生物学者。ニューヨーク市ブルックリン生まれ。マサチューセッツ工科大学で生物学を専攻し、1977年卒業。1984年にカリフォルニア大学バークレー校で生化学の博士号を取得した後、1989年までコロンビア大学で博士研究員として内分泌ホルモンの受容体クローニングなどの研究に携わった。1989年にカリフォルニア大学サンフランシスコ校助教授、準教授を経て、1999年教授。2021年からハワード・ヒューズ医学研究所研究員。
もともと内分泌ホルモンを研究していたが、コロンビア大学の博士研究員時代、嗅覚(きゅうかく)の研究でノーベル医学生理学賞を受賞(2004年)したリチャード・アクセルの指導を受け、当時開発されたばかりのクローニング技術を駆使した、神経伝達物質セロトニンの受容体遺伝子の研究に転向した。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校に移ると、細胞内外の情報のやりとりにかかわる細胞膜のイオンチャンネルに関心を抱き、とくに皮膚、筋肉、内臓などにおける体性感覚の分子生物学的な仕組み、なかでも痛みをどのようにして感じるかの研究を本格化させた。当時、トウガラシの辛味成分であるカプサイシンは、特定の神経細胞を興奮させ、熱さや痛みを伝えることがわかっていたが、そのメカニズムは謎(なぞ)だった。
ジュリアスらは、カプサイシンに反応する受容体をみつけようと、熱さ、痛みを感じる神経細胞で働く遺伝子をクローニングして数百万種類のDNA断片を作製。このDNAの断片を発現させた培養細胞に、カプサイシンを入れて、細胞内のカルシウムイオン濃度の変化を調べた。イオン濃度が変化すれば、このDNA断片がカプサイシンに反応するイオンチャンネルの受容体の遺伝子と確認できる。数か月に及ぶ手間のかかる実験を続けた結果、唯一、敏感に反応する遺伝子をつきとめ、それがつくりだすイオンチャンネルを「TRPV1(トリップブイワン)」(Transient Receptor Potential Vanilloid 1)と命名し、1997年に発表した。細胞膜を貫く構造をもつTRPV1は、カプサイシンに触れると、門を開き、カルシウムイオンやナトリウムイオンが細胞内に入ってくる。その際、電気信号が発生し、痛みとなって脳に伝わることがわかった。
また、TRPV1はカプサイシンがなくても、温度が43℃以上になると反応することもつきとめた。辛味(痛み)と熱さを感じるメカニズムが同じであることを示すもので、これは脅威から身を守る生体防護上不可欠な反応とみられる。さらにTRPV1は、熱さや痛みだけでなく、身体の恒常性を保つ生理機能の制御にも関係し、炎症や神経性の痛みを抑える鎮痛剤などの開発にも生かされている。
TRPV1のような温度に反応するセンサー(温度感受性TRPチャンネル)は次々にみつかり、これまで11種が確認されている。また、ジュリアスらは25~28℃以下の温度で活性化される温度センサー「TRPM8」を発見。このセンサータンパク質は、清涼感を感じさせるがメントールにも反応することも確認し、ミントの成分であるメントールが清涼感を感じさせる仕組みも明らかにした。
2004年にアメリカ科学アカデミー会員に選出され、2007年アルデン・スペンサー賞、2010年ショウ賞(生命科学・医学部門)、パサノ賞、2013年国際ポール・ヤンセン生物医学研究賞、2014年トムソン・ロイター引用栄誉賞、2017年ガードナー賞、2020年生命科学ブレイクスルー賞、カブリ賞を受賞。2021年に、圧力を感知する仕組みを解明したアメリカのスクリプス研究所教授アーデム・パタプティアンと「温度受容体と触覚受容体の発見」の功績で、ノーベル医学生理学賞を共同受賞した。
[玉村 治 2022年2月18日]