元来は夕べに恋人の窓の下で歌う歌であるが,ここに含まれる〈夕方〉〈野外〉〈下から上にささげる〉といった意味から派生した各種の芸術音楽の総称となっている。〈夜曲〉〈小夜曲〉と訳されることがある。楽曲の形式を規定せずに演奏の方法や機会を指す名称であるため種類は非常に多いが,大きく次の三つに分けることができる。
第1は,元来の〈夕べに男性が窓の下で恋人をたたえて歌う〉セレナードで,ルネサンス期のヨーロッパ全体に広まった習慣だった。曲は単純な民謡風のものからポリフォニックな重唱曲にまで及び,求愛する人物自身がリュート,ギター,マンドリンなどで伴奏する場合も多かった。18世紀以後モーツァルトらのオペラの一場面として,あるいはグノー,トスティらによって芸術歌曲として作曲された場合も,伴奏にはしばしばこれらの楽器か楽器特有の音型が用いられる。またこのような歌曲を模したバイオリンやピアノの小品も作られている。19世紀ドイツではこの種のセレナードをシュテンチェンStändchenといい,シューベルトの作品をはじめ多くの歌曲・合唱曲がつくられた。
第2は,オペラやカンタータに近い大規模な声楽曲で,17世紀から18世紀にかけて,高位の人物への表敬や公的な祝賀を目的として作られた。登場人物は牧歌的・寓意的なものが多く,筋書も祝賀にふさわしいものが選ばれ,衣装や演技を必ずしも用いない。A.スカルラッティ,グルックらの作例が残っている。
第3は純然たる器楽曲としてのセレナードである。17世紀末から18世紀まで当時のオーストリア帝国を中心とした地域で広く行われた多楽章の合奏曲・オーケストラ曲であり,第2のものと同様に特定の慶事を祝うための音楽であった。楽章数は3楽章から10楽章までさまざまで,前後に楽士の入・退場のための行進曲をもち,複数のメヌエット楽章をもつことが多い。〈オーケストラ・セレナード〉はとくに交響曲に近いものであるほか,セレナードの名称は当時しばしばディベルティメントやノットゥルノnotturno(夜曲,夜想曲と訳す)と同義に用いられたため,ジャンルの輪郭は必ずしも明瞭でない。この分野ではビーバーHeinrich I.F.von Biber(1644-1704),ボッケリーニ,そしてとくにモーツァルトのものが有名である。19世紀になると,表敬・祝賀音楽としてのセレナードはその基盤を失い,しだいにモーツァルトの曲の外形を手本とした自由で娯楽的な楽曲を意味するようになった。20世紀でもシェーンベルク,L.ベリオらがセレナードを作曲しているが,伝統的なジャンルとの関係はほとんどなくなっている。
執筆者:森 泰彦
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音楽用語。16世紀以後「夕べの音楽」を意味し、小夜(さよ)曲または夜曲とも訳される。(1)夜、恋人の窓辺でギターを奏でながら歌う歌。この元来の用例の名残(なごり)はモーツァルトの『ドン・ジョバンニ』(1787)などのオペラにみられるが、19世紀以降グノーの『セレナード』(1855)のように、独立した独唱曲の標題にもなった。(2)多楽章構成とディベルティメントに似た軽い性格を特徴とする、古典派時代に盛んに作曲された管弦楽曲。モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』Eine kleine Nachtmusik(1787)や『ハフナー・セレナード』Haffner Serenade(1776)は有名。(3)とくにバロック時代に王侯貴族の慶事を祝うため、または政治的機会に作曲された大規模なカンタータ、あるいは劇的性格の曲。この場合には通例イタリア語のセレナータserenataという語が用いられる。
[寺本まり子]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…弦楽器のみのもの,弦に管を加えたものなどさまざまなものがあるが,各声部は独奏楽器によって奏される。この時代には新興市民と啓蒙君主の趣味を反映した屋外音楽にセレナード,カサツィオーネ,ノットゥルノ,フェルト・ムジークなどがあったが,これに室内楽的なパルティータ,ターフェルムジークなどを加えて,ディベルティメントと総称した。簡単なソナタ形式で書かれた典雅な第1楽章の後にメヌエット,緩徐楽章,メヌエット,終曲と並び5楽章形式がほぼ標準だが,10楽章を超えるものもあった。…
※「セレナード」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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