翻訳|Say's law
〈供給はそれみずからの需要をつくりだす〉あるいは〈生産物に対して販路を開くのは生産である〉というように要約される命題。提唱者であるフランスの経済学者J.B.セーの名にちなんで呼ばれるが,販路説ともいう。セーみずからは販路の法則loi des débouchésと呼んでいる(《政治経済学概論》1803)。この命題は,生産物が結局は生産物によって購買されることを意味し,貨幣を交換の単なる媒介手段つまり流通手段とみなすことによって初めて成立する。つまり,販売が反面において同時に購買であるような物々交換の場合にのみ成立する。セーは,この販路説にもとづいて全般的過剰生産は起こりえないと主張し,ただ企業家の誤算や国家の干渉のような偶然的・政治的原因によって部分的に過剰生産が起こりうることだけを認めた。実際,ナポレオン戦争後の恐慌(1817-19)の際,J.C.シスモンディやT.R.マルサスが全般的過剰生産が起こりうることを認め,いわゆる過少消費説(〈恐慌〉の項参照)を主張したのに対し,セーは上述の理解から,ただ生産部門間の不均衡による部分的過剰生産を認めただけで全般的過剰生産を否定し,前2者とのあいだに〈市場論争〉と呼ばれる論争を展開した。この論争にはD.リカードやJ.ミルも参加し,全般的過剰生産を否定するセーの見解に賛意を表した。
この論争自体は,恐慌を資本主義的生産様式の矛盾の現れとして最初に問題にしたものとして注目されるが,しかしセーの販路説は,もともと主観的な効用価値説を基礎としており,A.スミスやリカードの労働価値説を継承してその上に展開されたものではなかった。むしろそれは,商品価値を需要者と供給者とのそれぞれの評価の結果としてのみとらえる需要供給説に依拠して,資本主義的商品経済それ自体の調和的発展の可能性を示すための理論的武器とされたのであり,その意味では,近代的均衡理論(市場均衡)への旋回を示す理論でもあった。セーの法則はのちにK.マルクスによって,資本主義的商品経済を物々交換と同一視し,商品の販売と購買との時間的・場所的分離の可能性を無視した見解と批判された。さらに20世紀になってからはJ.M.ケインズによって,それは結局,貯蓄がつねに同額の投資を生みだして完全雇用を実現すると考えていて,不完全雇用の可能性を認めないことになる見解である,と批判された。
→有効需要の原理
執筆者:時永 淑
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供給はそれ自ら需要をつくりだす、という命題に要約されている経済学上の見解で、販路説ともいわれる。古典派経済学が共通に前提とした見解であるが、最初の提唱者であるフランスの経済学者J・B・セーの名前からこのようによばれている。財の生産は、それに参加した生産要素(土地、労働、資本)の提供者に、生産された財の価値に等しい所得をもたらし、その所得はすべて生産物に対する需要となるので、財を供給することはそれに対する需要を生み出すことになる。したがって、経済全体をとってみれば、生産の不つり合いによる部分的過剰生産はありえても、一般的過剰生産はありえないというのがこの法則の考え方である。
セーの法則に対しては、K・マルクスとJ・M・ケインズの批判がよく知られている。
セーの法則では、貨幣が単なる交換の媒介手段とみなされているために、資本主義的貨幣経済と物々交換とが同一視されている。物々交換では、生産物の「売り」は同時に「買い」となるが、資本主義経済では、両者が統一的に実現されるとは限らず、分離の可能性と必然性が存在する。ことに、「売り」によって取得された貨幣は貯蔵手段ともなるので、この分離が大規模に生ずる可能性、すなわち恐慌の可能性が存在する、というのがマルクスの批判である。
ケインズの批判は、貯蓄と投資は一致しないという点にある。セーの法則では、所得のうち消費されなかった貯蓄部分はかならず投資に回されると考えることになるが、両者はまったく別々の人の決意によって行われるものであって、一致する保証はなく、その不一致が経済変動をもたらすというものである。
[佐々木秀太]
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…したがって所得が増え,所得と消費の差つまり貯蓄が増えるのにつれて自動的に投資が増えないかぎり,需要曲線は供給曲線を下回る。そこで,投資水準が与えられると,それに応じて所得したがってまた雇用の水準が決まるというのが《一般理論》の基本的な考え方であり,〈貯蓄に等しい投資が自動的に生み出される〉とか,〈供給はそれ自身の需要をつくり出す〉という意味での〈セーの法則〉を否定したところに,その特徴がみられる。 投資が増加すれば総需要が増大し,需要曲線が右上方に移動することになり,需要曲線と供給曲線の交点は右上方に移り,雇用量は増大する。…
…みずから〈スミスの弟子〉と称したほどスミスに傾倒し,《国富論》のフランスへの紹介者として,大陸における経済学の流布に新しい段階を画した。だが彼の主著は,スミスの労働価値説ではなく主観的な効用価値説を基礎とし,土地・労働・資本の3要素がそれぞれ〈生産用役service productif〉として役立つことによって地代・賃金・利潤が報酬として得られるという理解から,富の生産・分配・消費を3編から成る構成で説いたもので,《国富論》を通俗化し,異質なものであった(彼の名を不朽なものとした〈セーの法則〉については同項を参照されたい)。【時永 淑】。…
※「セーの法則」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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