改訂新版 世界大百科事典 「有効需要の原理」の意味・わかりやすい解説
有効需要の原理 (ゆうこうじゅようのげんり)
principle of effective demand
商品は需要があって初めて生産される。生産しても売れなければ滞貨が生じ,結局,生産は売れる規模にまで縮小される。その際の需要は,人々が頭の中で欲しい,買いたいと思うだけでなく,貨幣支出として市場にでてくるものでなければならない。たとえば,人々が自動車に対する強い欲望をもっていても,それを購入する貨幣をもち,実際に需要者として市場にでてくる(購入する)のでなければ,自動車生産は刺激されない。この貨幣支出の裏付けをもつ需要が有効需要であり,有効需要の原理とは,国民経済の生産量にあたる国民純生産NNP(〈国民所得〉の項参照)が生産物に対する総有効需要によって決定されるという理論である。国民純生産が労働雇用量を決めるから,それは雇用量決定を説明する理論でもある。それはマクロ経済学の基本となるもので,J.M.ケインズによって初めて明確な形で提唱された。
国民純生産に対する需要は,民間消費支出,民間投資支出および政府支出の形ででてくる。3者の合計が総有効需要である。そのうち民間消費支出は国民所得の大きさにより左右される。国民所得は国民純生産に等しいから,このことは民間消費が国民純生産そのものに依存することを意味する。この依存関係は消費関数とよばれている。これに対して,民間投資は将来の見通し等に基づいて企業によって決定され,政府支出は政策的に政府によって決定され,ともに国民純生産の大きさには直接依存しないから,両者の合計を独立支出とよぶことにすると,総有効需要は民間消費支出と独立支出の和としてとらえられる。国民所得と消費の差額が貯蓄であり,国民所得の増加とともに貯蓄も増加するから,国民純生産が増加するとき,それに見合う総有効需要が生みだされるためには,貯蓄の増加を埋めるように独立支出が増加しなければならない。いいかえれば,国民純生産の大きさは,独立支出が与えられているときには,それに等しい貯蓄の生みだされるレベルに決定され,独立支出が増加すれば,それと同額だけ貯蓄が増加するレベルまで増加する。
このように,どれだけの労働が雇用され,どれだけの国民純生産がつくりだされるかは,総需要の大きさに依存する。そして,消費関数の与えられた状況のもとでは,総需要の大きさは結局独立支出の大きさに依存する。したがって,すでに大量の資本が蓄積され,かつ新市場開拓の見通しも暗いときには,独立支出中の民間投資が小さくなるために,労働も資本も豊かに存在するのに,それらが完全に雇用・利用されない状態,すなわち〈豊饒(ほうじよう)のなかの貧困〉とよばれる状態が生みだされることになる。この総需要不足のために生じる失業の解消策として提唱されたのがケインズの総需要管理政策であり,それは政府支出を増加させる財政政策あるいは利子率引下げによって民間投資を刺激する金融政策の形をとる。ケインズ理論は投資の少ないときには貯蓄を減らし消費を増やすことによって失業を減らすことができるという含意をもつため,消費を勧める浪費の経済学であると誤って解釈されることがあるが,決して正しい理解ではない。その真意は,総有効需要の不足によって失業という最も望ましくない形の資源の浪費が生じることを明らかにし,その解決策を示すことにある。そのための基本となるのが有効需要の原理である。
執筆者:小泉 進
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報