マルサス(読み)まるさす(英語表記)Thomas Robert Malthus

日本大百科全書(ニッポニカ) 「マルサス」の意味・わかりやすい解説

マルサス
まるさす
Thomas Robert Malthus
(1766―1834)

イギリスの経済学者。南イギリスのサリー州に生まれる。ケンブリッジ大学を卒業後、イギリス国教会の牧師補となったが、1805年ハートフォードに新設(のちにヘーリベリーに移転)された東インド・カレッジで、イギリス史上初めての経済学の教授となり、死ぬまでその職にあった。

 マルサスの時代は、産業革命の進行が、経済不況や労働者階級の貧困悪徳といった社会問題を生み出し、おりからのフランス革命の影響もあって、既存の政治経済制度への批判が高まっていた。マルサスは、これらの新たな社会問題に独自の解明を行い、地主主導の既存の体制を擁護する保守側にたった。彼はまず1798年に『人口論』(初版)を出版し、貧困と悪徳の原因を私有財産制度に求めた無政府主義者W・ゴドウィンと対決した。マルサスは、人間の生存に不可欠な食物は算術級数的にしか増加しないのに、人間の本能である性欲は幾何級数的な人口増加をもたらす傾向をもつので、自然のままでは、過剰人口による食物不足は避けられないと断じた。そしてこの原理からすれば、貧困は死亡率を高める積極的制限となり、悪徳は出生率を低める予防的制限となるのであるから、過剰人口の抑制力として是認されるとしたのであった。このような初版の主張世間の強い反発を招いたために、彼は1803年第二版を出し、過剰人口の抑制策として、結婚の延期などの道徳的制限を追加し、その後も26年の六版に至るまで改訂を続けたが、飢え死にに対する恐怖こそが過剰人口を抑制するのであり、それは自分のことは自分でまかなうという私有財産制度と結婚制度によって達成されるというその主張は変わらなかった。次に当時のたび重なる経済不況については、穀物法論争において穀物法を是認する小冊子を出したのをはじめ、1820年には『経済学原理』を出版、穀物法に反対したリカードと対決した。彼は穀物法による穀物の高価格は、安定した需要をもつ農業投資を拡大し、地代を増加させて製造品への有効需要を創出するから、不況対策として有利だと主張した。むしろ、急激な製造工業の発展は過剰生産による経済不況をもたらす可能性があると指摘した。地主擁護のマルサス経済学は、産業資本がその販路を世界に拡大していった19世紀イギリスでは、正統の地位をリカードに譲ったが、20世紀になって、需要を重視した経済学者として、J・M・ケインズによって再評価されることになる。

[千賀重義]

『小林時三郎訳『経済学原理』全二冊(岩波文庫)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マルサス」の意味・わかりやすい解説

マルサス
Malthus, Thomas Robert

[生]1766.2.14. サリー,ドーキング近郊
[没]1834.12.23. バース近郊
イギリスの経済学者。ケンブリッジのジーザス・カレッジを卒業後イギリス国教会の牧師になり,この時期に主著『人口論』 An Essay on the Principle of Population (1798) が執筆された。その後 1805年東インド会社が設立したヘイリベリ・カレッジの歴史学および経済学の教授に就任,終生その職にあった。『人口論』において彼は,人口の増加は幾何級数的であるのに対し,生活資料,特に食料の増加は算術級数的であることを実証的研究から明らかにし,ここに人口と食料の不均衡が必然不可避となり,飢饉,貧困,悪徳が発生するとした。そして人口の増加を抑制するための道徳的抑制を説き,これが社会改革によらない貧困の是正,いわゆるマルサス主義の主張となる。学説史上では D.リカードとの間に,価値論,地代論,穀物論,恐慌論などで多くの論争を展開した。またその学説はのちに J.M.ケインズによって再評価された。その他の主著『経済学原理』 Principles of Political Economy,considered with a View to their Practical Application (1820) ,『経済学に於ける諸定義』 Definitions in Political Economy (27) 。

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