改訂新版 世界大百科事典 「ゼンガー事件」の意味・わかりやすい解説
ゼンガー事件 (ゼンガーじけん)
植民地時代の18世紀アメリカのニューヨークで,《ニューヨーク・ウィークリー・ジャーナルNew York Weekly Journal》紙(1733年11月5日創刊)を出していたゼンガーJohn Peter Zengerがイギリス本国政府任命の総督を批判してひき起こした筆禍事件(言論裁判)。総督W.コスビーは,《ニューヨーク・ガゼット》を御用新聞として使っていたため,本国政府およびコスビーの政策に不満な住民有力者たちは,ドイツ系移民の印刷者ゼンガーを援助してこの新聞を出させた。ゼンガーは期待にこたえて激烈な批判を展開し,1734年11月17日,誹毀罪で逮捕された。約9ヵ月間獄中にあったが,ゼンガー夫人が獄中から原稿を受け取って新聞を出し続けた。同年8月4日に開かれた公判で,ゼンガーの弁護士ハミルトンAndrew Hamiltonは,言論の自由がいかに必要かを熱烈に訴え,記述内容の判断は裁判官のみが行い,陪審員は問題の新聞を出したかどうかだけの判断を求められる慣行に対して,陪審員も記述が真実か否かの判定をするように求め,〈無罪〉の評決を勝ちとることに成功した。この裁判の結果は,植民地時代のアメリカの新聞に本国政府を批判する実質上の自由を与え,独立戦争にいたる〈世論〉形成にも大きな役割を果たす里程標となった。
執筆者:香内 三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報