テート(読み)てーと(英語表記)Robert Lawson Tait

日本大百科全書(ニッポニカ) 「テート」の意味・わかりやすい解説

テート(Peter Guthrie Tait)
てーと
Peter Guthrie Tait
(1831―1901)

イギリス物理学者。1852年ケンブリッジ大学を卒業、1854年クイーン大学数学講座の教授となり、1860年より終生エジンバラ大学自然哲学(現在の物理学)教授。ケンブリッジ大学時代からハミルトン四元数の研究を行い、後のギブスやヘビサイドらによるベクトル手法の確立に影響を与え、その物理学への応用に大きく貢献した。またW・トムソン(ケルビン卿(きょう))との共著『自然哲学の理論』(1867)は名著として知られる。

[田中國昭]


テート(Allen Tate)
てーと
Allen Tate
(1899―1979)

アメリカの批評家、詩人。ケンタッキー州出身。バンダービルト大学在学中にランサムたちとニュー・クリティシズム新批評)の母体となった『フュージティブ』グループを結成した。近代化に伴う雑音や感情の喪失を嫌って農本主義に共鳴し、伝統の尊重を唱えた。同時に詩の技術面を強調し、『詩における緊張(テンション)』(1938)、ポーの観念主義的ロマン主義を批判した『天使的想像力』(1951)が代表的論文批評論集には『反動的エッセイ集』(1936)、『狂気のなかの理性』(1941)、『評論集』(1959)などがある。詩作品では、もはや経験しえなくなった感動を死者に託した『南部連邦の死者に捧(ささ)げる賦』(1926)がもっともよく知られ、詩集としては『ポープ氏その他』(1928)、『地中海その他』(1936)などがある。

[森 常治]


テート(Robert Lawson Tait)
てーと
Robert Lawson Tait
(1845―1899)

イギリスの婦人科医、腹部外科医。エジンバラに生まれる。1866年エジンバラ大学を卒業、同地のウェークフィールド病院に勤務。1868年、最初の卵巣摘出手術を行った。1870年バーミンガムで開業したが、1871年新設のバーミンガム婦人科病院に勤め、その卵巣手術により、この病院を世界的に有名にした。1883年には子宮外妊娠破裂に対して最初の手術を行った。のちクイーンズ・カレッジの婦人科学教授となった。ウェールズのランダドノーの別荘で死去。

[石原 力]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「テート」の意味・わかりやすい解説

テート
Tate, (John Orley) Allen

[生]1899.11.19. ケンタッキー,ウィンチェスター
[没]1979.2.9. テネシー,ナッシュビル
アメリカの詩人,批評家。 1918年バンダービルト大学に入り,21年 J.C.ランサムのグループに加わり,雑誌『フュージティブ』 The Fugitive (1922~25) を創刊。以後南部の代表的詩人,新批評派の一員,南部農本主義文学運動の推進者として活躍し,いくつかの大学で教鞭をとった。形而上詩にすぐれ,おもな詩集に『ポープ氏その他』 Mr. Pope and Other Poems (28) ,『地中海その他』 The Mediterranean and Other Poems (36) があり,評論に『詩と思想に関する反動的エッセー』 Reactionary Essays on Poetry and Ideas (36) ,『狂気の理性』 Reason in Madness (41) など。ほかに伝記,小説,戯曲,多くの編著がある。

テート
Tait, Peter Guthrie

[生]1831.4.28. ミッドロージアン,ダルキーズ
[没]1901.7.4. エディンバラ
スコットランドの数学者,物理学者。ケンブリッジ大学卒業後,引続き研究員かつ講師として同大学にとどまったが,ベルファストのクイーンズ・カレッジに数学教授として移る (1854) 。エディンバラ大学自然哲学教授 (60) 。 T.アンドリューズとの共同になる気体の放電効果,オゾンに関する研究のほか,熱電気の研究,深海の温度測定,水,ガラス,水銀の圧縮率,気体運動論の基礎に関する研究があるが,最も知られているのは四元数の数学的研究で,のちの数理物理学の発展に重要な寄与をなした。主著『四元数についての論考』 Elementary Treatise on Quaternions (67) のほか,ケルビンとの共著『自然哲学論考』 Treatise on Natural Philosophy (67) も有名である。

テート
Tate, Nahum

[生]1652. ダブリン
[没]1715.8.12. ロンドン
イギリスの劇作家,詩人。ダブリンのトリニティ・カレッジで学んだのち,ロンドンで詩や戯曲を発表。シェークスピアの『リア王』を改作して道化を除き,コーディリアとエドガーが結ばれるハッピーエンドにしたことで知られる。この脚本は 19世紀まで上演され続けた。ほかには,ドライデンと共作の風刺詩『アブサロムとアキトフェル』 Absalom and Achitophel第2部 (1682) ,H.パーセルのオペラ『ディドーとエネアス』 Dido and Aeneas (89頃) の台本,N.ブレイディと共作した聖書『詩篇』の韻文訳"A New Version of the Psalms of David" (96) がある。 1692年桂冠詩人。

テート
Tait, James

[生]1863.6.19. ソールフォード
[没]1944.7.4. ウィルムズロウ
イギリスの中世史家。マンチェスター大学卒業。オックスフォード大学でも学ぶ。マンチェスター大学教授となり (1902) ,多くの弟子を育成して同大学の歴史学研究の発展に貢献。イギリス地名学会の初代会長となり,地方史研究にも尽力。イギリス中世都市の起源をめぐって,アメリカの C.スティーブンソンと論争した。主著"Medieval Manchester and the Beginning of Lancashire" (04) ,"Medieval English Borough" (36) 。

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