自然環境を開発や荒廃から守るため、寄付金を募って土地を購入し将来世代に残す活動。土地の贈与を受ける場合もある。世界40カ国以上で行われ、発祥地の英国ナショナル・トラストは会員数480万人、土地25万ヘクタールを管理している。日本では1960年代に神奈川・鎌倉の森を宅地開発から守るため、市民の募金で買い取ったのが始まりとされる。現在、日本ナショナル・トラスト協会と会員団体の会員数は計17万人。自然環境だけでなく、歴史的建造物などを保全するトラスト活動もある。
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元来は1895年イギリスに生まれた自然保護,史跡等保存のための民間組織である。現在はスコットランドにも同様の組織が作られ,オーストラリアにもやや組織形態の異なったものがある。ここでは主としてイングランド,ウェールズ,北アイルランドにおけるナショナル・トラストについて説明する。
このナショナル・トラストの創立者は弁護士ハンターRobert Hunter,婦人社会活動家ヒルOctavia Hill,牧師ローンズリーCanon Hardwicke Rawnsleyの3人である。正式の名称は,〈史的名勝・自然的景勝地のためのナショナル・トラストNational Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty〉で,ここにいうナショナルは〈国民の〉という意味である。基本的な考え方は,上記対象をこの組織が〈所有〉することによって,保護,保全しようとするものである。1800年代の後半,イギリスでは産業革命に伴って古い記念物が破壊され,自然破壊も進行した。ハンターは当時の法律の欠陥と闘うため,保護すべき対象の〈所有権〉を獲得することを考えて95年以降活動を開始し,さらに,1907年〈ナショナル・トラスト法〉を成立させて,ここにトラストの基礎が固まった。
本法はその目的として〈美しい,あるいは歴史的に重要な土地や建物を国民の利益のため永久に保存する〉ことを定め,トラストがいったん取得したものについて,譲渡不能の旨宣言する権利をトラストに認めた。30年代には,領主館保存計画に関連する法律が制定され,その後のトラスト発展の一つの柱となった。すなわち,当時,相続法が変わり,かつての美しい領主の館や土地が,相続税支払のため遺族によって売りに出される例が顕著になった。そこで,こうした財産をトラストに寄贈すれば,遺族は引き続いてそこに住むことができるうえに相続税も免除されるという措置によって,多くの領主館が土地とともにトラストの所有となったのである。第2次大戦後に組織はさらに発展した。すなわち,一方で,産業革命当時の工場や運河が〈産業記念物〉として保全の対象になり,他方,トラストによる海岸線買収計画〈ネプチューン計画〉が推進された。65年に始められたこの計画は,早くも82年にはイングランド,ウェールズ,北アイルランドのまだ荒らされていない海岸線のうち約3分の1を,トラストの保護下に入れた。これらトラストの財政は,ほとんどが会員の,低額の会費と寄付によってまかなわれている(会費は1982年現在年額10ポンド)。発足当時数百人であった会員数は,第2次大戦終了時点で1万人に満たなかったが,82年には100万人を超えた。こうしてナショナル・トラストは,イギリスにおける民間最大の土地保有機関となっている。
日本でも1960年代から大仏次郎らによってナショナル・トラストが紹介されたが,実際上はそれに匹敵する大規模な組織はいまだ生まれていない。北海道斜里郡斜里町の100m2運動,和歌山県田辺市天神崎の市民地主運動をはじめ,多くのなぎさ買収計画や町並保存計画等が知られる。上記トラストの事業を目ざしてつくられた環境資源保護財団も,いまだイギリスのように大規模なトラストを実現するステップとはなりえないでいる。しかし,日本でこのような組織を実現したいという要望は強く,83年には〈ナショナル・トラストをすすめる全国の会〉が結成され,92年には公益法人化されて〈社団法人日本ナショナル・トラスト協会〉が発足。ナショナル・トラストは,日本では国民環境基金などと訳されることもある。
執筆者:福島 要一
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イギリスにおいて1895年3人の有志によって設立された民間の歴史的建造物保全・自然保護のための団体である。正式にはThe National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beautyと称し、国民のために、国民自身の手で、優れた美しい自然地域や歴史的建造物などを、寄贈、遺贈、買い取りなどで入手し、永久的に保護管理することを目的とする。国は財政的援助は行わないが、1907年「ナショナル・トラスト法」を制定し、資産の取得に対する非課税措置など制度的な特権を保証しており、これによってナショナル・トラストはみごとに発展してきた。会員133万人という大きな組織となり、会員の納める会費年額17ポンドと寄付金を主たる財源として運営されている。また土地約21万ヘクタール、歴史的建造物380、庭園109、美しい海岸線737キロメートルと、膨大な資産を所有し、管理公開を行っている。この運動が先鞭(せんべん)をつけて、アメリカ(1945)、オーストラリアなどでも類似の団体が設立され活動している。
わが国でも近年、民間の組織によって自然保護、歴史的風土保全などを目的とする運動が始められて着実な展開を示している。
1964年(昭和39)「鎌倉風致保存会」が初めて設立された。74年には和歌山県の「天神崎の自然を大切にする会」が発足し、77年北海道知床で国立公園内の「知床100平方メートル運動」が活動を開始した。鎌倉の運動は、鶴岡(つるがおか)八幡宮の裏山御谷(おやつ)が開発されそうになったことがきっかけで始まった。1966年に議員立法で古都保存法が成立、同じ年に鎌倉風致保存会が御谷1.5ヘクタールを買収することができた。これが、日本のナショナル・トラスト第1号といわれている。知床の運動は、国立公園内に残った開拓跡地(民有地)を買い取り、開拓前の原生林に復元しようというもの。全国の人々(約4万人)の善意で1997年(平成9)目標は達成された。
その後、埼玉、神奈川、北海道、近畿、中国、四国、九州とほぼ全国で自然、歴史的風土の保全を目的とする活動が行われてきた(日本ナショナル・トラスト協会の調査では、全国で約60の団体が活動している)。
1982年ナショナル・トラスト研究会が発足し、ナショナル・トラストの日本名を「国民環境基金」とすることにした。83年以降、ナショナル・トラスト全国大会が毎年行われている。
1986年には、国民環境基金にかかわる公益法人(自然環境保全法人)に対する税制優遇措置(所得税、法人税、相続税、固定資産税など)が実施されることになった。翌87年「天神崎の自然を大切にする会」が初めて自然環境保全法人として和歌山県知事から認定され、税制上の優遇措置が受けられるようになった。
1992年には社団法人「日本ナショナル・トラスト協会」が設立され、全国的な組織として広く活動を行っている。政府(環境省)においても、わが国のトラスト運動のあり方について基本的な検討を進めている。
[池ノ上容]
『環境庁自然保護局著『ナショナル・トラストへの道 自然公園50周年シンポジウムの記録』(1982・ぎょうせい)』▽『藤田治彦著『ナショナル・トラストの国――イギリスの自然と文化』(1994・淡交社)』▽『木原啓吉著『ナショナル・トラスト』(1998・三省堂)』
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(杉本裕明 朝日新聞記者 / 2007年)
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イギリスの歴史的建造物と自然環境の保護,維持を目的とする民間組織。1895年湖水地方を工業化の弊害から守るために市民が募金活動によって土地を収得したのが,その活動の最初。世界的規模の自然環境保護運動のモデルになった。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…また琵琶湖の水質汚染に対し周辺の滋賀県の主婦たちが,リンを含む洗剤をやめて粉セッケンを使う運動を始め,それが契機になって滋賀県が富栄養化防止条例を制定したように,住民みずから環境汚染への責任はないかと自省して,すすんで生活方式の変革を試み,それを住民運動のエネルギーにするようになった。さらに住民がみずから寄金を出しあって保護すべき環境を買い取るナショナル・トラスト運動も,北海道の斜里町の知床半島の原生林復元運動や,和歌山県田辺市の天神崎買取り運動など各地で活発になってきている。住民運動が自治体をまきこんで積極的に環境創造の運動を展開していることは21世紀を目ざす新しい一つの運動の形態として注目される。…
…歴史的記念物を保存する姿勢は18世紀から多くみられ,19世紀後半になると各国で文化財保護法が制定される。民間の保存団体として1895年にイギリスに設立されたナショナル・トラストは,邸宅建築をそこに営まれる生活を含めて保存しようとする考えを示したものとして画期的であった。20世紀に入り,1930年にフランスで制定された景観保護法では,記念物の周囲をも保護する考えが示され,43年には史的記念物monument historiqueの指定を受けた建築物の周囲500m以内の建物はすべて変更にあたって許可を要すると定められた。…
※「ナショナルトラスト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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