日本大百科全書(ニッポニカ) 「ナショナル・トラスト」の意味・わかりやすい解説
ナショナル・トラスト
なしょなるとらすと
National Trust
イギリスにおいて1895年3人の有志によって設立された民間の歴史的建造物保全・自然保護のための団体である。正式にはThe National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beautyと称し、国民のために、国民自身の手で、優れた美しい自然地域や歴史的建造物などを、寄贈、遺贈、買い取りなどで入手し、永久的に保護管理することを目的とする。国は財政的援助は行わないが、1907年「ナショナル・トラスト法」を制定し、資産の取得に対する非課税措置など制度的な特権を保証しており、これによってナショナル・トラストはみごとに発展してきた。会員133万人という大きな組織となり、会員の納める会費年額17ポンドと寄付金を主たる財源として運営されている。また土地約21万ヘクタール、歴史的建造物380、庭園109、美しい海岸線737キロメートルと、膨大な資産を所有し、管理公開を行っている。この運動が先鞭(せんべん)をつけて、アメリカ(1945)、オーストラリアなどでも類似の団体が設立され活動している。
わが国でも近年、民間の組織によって自然保護、歴史的風土保全などを目的とする運動が始められて着実な展開を示している。
1964年(昭和39)「鎌倉風致保存会」が初めて設立された。74年には和歌山県の「天神崎の自然を大切にする会」が発足し、77年北海道知床で国立公園内の「知床100平方メートル運動」が活動を開始した。鎌倉の運動は、鶴岡(つるがおか)八幡宮の裏山御谷(おやつ)が開発されそうになったことがきっかけで始まった。1966年に議員立法で古都保存法が成立、同じ年に鎌倉風致保存会が御谷1.5ヘクタールを買収することができた。これが、日本のナショナル・トラスト第1号といわれている。知床の運動は、国立公園内に残った開拓跡地(民有地)を買い取り、開拓前の原生林に復元しようというもの。全国の人々(約4万人)の善意で1997年(平成9)目標は達成された。
その後、埼玉、神奈川、北海道、近畿、中国、四国、九州とほぼ全国で自然、歴史的風土の保全を目的とする活動が行われてきた(日本ナショナル・トラスト協会の調査では、全国で約60の団体が活動している)。
1982年ナショナル・トラスト研究会が発足し、ナショナル・トラストの日本名を「国民環境基金」とすることにした。83年以降、ナショナル・トラスト全国大会が毎年行われている。
1986年には、国民環境基金にかかわる公益法人(自然環境保全法人)に対する税制優遇措置(所得税、法人税、相続税、固定資産税など)が実施されることになった。翌87年「天神崎の自然を大切にする会」が初めて自然環境保全法人として和歌山県知事から認定され、税制上の優遇措置が受けられるようになった。
1992年には社団法人「日本ナショナル・トラスト協会」が設立され、全国的な組織として広く活動を行っている。政府(環境省)においても、わが国のトラスト運動のあり方について基本的な検討を進めている。
[池ノ上容]
『環境庁自然保護局著『ナショナル・トラストへの道 自然公園50周年シンポジウムの記録』(1982・ぎょうせい)』▽『藤田治彦著『ナショナル・トラストの国――イギリスの自然と文化』(1994・淡交社)』▽『木原啓吉著『ナショナル・トラスト』(1998・三省堂)』