ナッシュ均衡(読み)ナッシュキンコウ(英語表記)Nash equilibrium

デジタル大辞泉 「ナッシュ均衡」の意味・読み・例文・類語

ナッシュ‐きんこう〔‐キンカウ〕【ナッシュ均衡】

ゲームの理論において、互いに非協力的な戦略を取るプレーヤーが、自らの利得をもっとも大きくしようとする場合に実現する均衡状態。数学者J=ナッシュ提唱

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ナッシュ均衡」の意味・わかりやすい解説

ナッシュ均衡
なっしゅきんこう
Nash equilibrium

利害の異なる複数の個人あるいは集団が、互いに拘束的な約束を取り交わすことがないような非協力ゲーム状況において、それぞれが自己利益をもっとも大きくすることだけを目的として戦略を選択した場合に生じる均衡状態。「どのプレイヤーも戦略を変更する誘引をもたないような戦略の組合せ」と定義される。1994年にノーベル経済学賞を受賞した数学者のジョン・F・ナッシュが提唱したゲームの理論における解概念であるためにナッシュ均衡とよばれる。

 ナッシュ均衡の概念は応用可能性が広く、寡占企業の行動や価格競争をはじめ、国家間の軍事拡張競争、環境問題、資源獲得競争、社会規範成立などについて、政治学、社会学、心理学、生物学等の分野にも応用されている。

 一般に純粋戦略だけで考えた場合には、ナッシュ均衡は存在するとは限らないし、また複数のナッシュ均衡が存在することもありうる。ただし、戦略を確率的に選択するという混合戦略まで拡張して考えると、かならずナッシュ均衡が存在することが証明されている。

 しかし、複数のナッシュ均衡のなかでどれが均衡として適切なのかという問題について、ドイツゲーム理論家R・ゼルテンにより、ナッシュ均衡を精緻(せいち)化した「部分ゲーム完全均衡」などの概念が提案されている。

 また、ナッシュ均衡によって得られる配分パレート効率的(パレート最適。もっとも望ましい状態)とは限らない。その代表例が「囚人ジレンマ」である。「囚人のジレンマ」とは、ある2人を共犯の囚人とした場合、もし相手を裏切って自分だけが自白をすれば刑が軽くなるが、2人とも自白した場合はもっとも刑が重くなるというモデルである。囚人のジレンマゲームでは、どちらのプレイヤーも、自己の利益(刑が軽くなること)だけを考えた非協力的戦略では「自白」を選択することになり、両者が自白することがナッシュ均衡となるが、実は刑が重くなるため、両者の利得は小さくなる。しかし、両者とも「黙秘」を選択すれば、両者の利得は大きくなるので最適となる。

 また、行動経済学の一分野である行動ゲーム理論においては、人が実際にナッシュ均衡をもたらす戦略を選択するかどうかが実験的に確かめられている。それによると、囚人のジレンマにおけるナッシュ均衡をもたらす戦略である「非協力」が選択されるとは限らず、半数程度のプレイヤーは、「協力」を選ぶことがわかっている。このために、既存のゲーム理論は再検討の必要があるとされている。

[友野典男 2015年12月14日]

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人材マネジメント用語集 「ナッシュ均衡」の解説

ナッシュ均衡

・ナッシュ均衡とは数学者ジョン・フォーブス・ナッシュによって考案された、ゲーム理論の非協力ゲームのモデルである。
・ナッシュ均衡とは、プレイヤー全員が互いに最適の戦略を選択し、これ以上自らの戦略を変更する動機がない安定的な状態(均衡状態)になるような戦略の組み合わせのことをいう。
・ナッシュ均衡のよい例として囚人のジレンマが挙げられる。
・囚人のジレンマとは個人の最適化を図ろうとした選択が、結果として全体の最適選択とはならないというゲーム理論のモデルである。
・(例)
同一の事件で逮捕された2人の囚人が、互いに意思疎通をできない牢獄にいる。そこで2人に対し、個別に提案を出される。「自白するれば司法取引により釈放されるが、もう1人も自白した場合は2人に懲役3年が科せられる。1人が自白し、もう1人が黙秘した場合、自白した者は釈放され、黙秘した者は懲役5年が科せられる。また両方が黙秘した場合は、懲役1年が科せられる。」
自分にとって最適なのは、自分の自白と相手の黙秘によって釈放されることである。しかし、相手も自白してしまうと双方に3年の懲役が科せられる。その一方、もし自分黙秘し相手も黙秘した場合、双方が自白した場合の懲役3年より短い懲役1年となる。しかし相手が自白した場合、自分にとって懲役5年という最大不利益を被ってしまう。
全体としてみれば、2人の囚人の黙秘による懲役1年が最適な選択であるのにも関わらず、自白をした場合自分にとって釈放という最適化があるため、自白か黙秘かの選択にジレンマが生じてしまう。
・この囚人のジレンマゲームにおける、ナッシュ均衡は双方が自らの最適戦略を選択する、「双方自白」である。双方にとって自白により得られる釈放が個人の最適であり、懲役1年もしくは5年が科せられる黙秘の選択肢を選ぶ動機がない状態であるため、「双方自白」がナッシュ均衡となる。

出典 (株)アクティブアンドカンパニー人材マネジメント用語集について 情報

知恵蔵 「ナッシュ均衡」の解説

ナッシュ均衡

1950年にジョン・ナッシュ(94年ノーベル経済学賞受賞)により考案された、現在のゲーム理論において最も基本的な均衡概念。具体的には、ゲームに参加する各プレーヤーが、互いに対して最適な戦略を取り合っているという状況を指す。このような状況が「均衡」と呼ばれるのは、各プレーヤーが互いに最適な戦略を取り合っているため、これ以上戦略を変更する誘因を持たない安定的な状況であるからである。ただし一般的には、あるゲームにおいて、ナッシュ均衡は複数個あるのが普通であるため、ゲームの最終的な解を求める際には、複数のナッシュ均衡の中から更によりありそうな均衡に絞り込む、リファインメントという手続きが行われることが多い。

(依田高典 京都大学大学院経済学研究科教授 / 2007年)

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