翻訳|bathyscaphe
スイスの物理学者A・ピカールが息子のJ・ピカールと考案、製作した深海調査用の有人潜水艇。原理は飛行船や気球と同じで、深海で自重と浮力をつり合わせる。艇には、浮力を得るためのガソリンと、おもりとして直径0.8ミリメートルの鉄製散弾を多量に積んでいる。下降は空気タンクに海水を入れて行い、浮上には適量の散弾を海中に捨てる。球形の観測室は、深度1万6000メートルの水圧、1600気圧に耐える厚さ9センチメートルの特殊鋼でつくられている。
最初のバチスカーフFNRS(エフエヌエルエス)-2号は、ベルギー科学研究財団FNRSの援助によって1948年に製作された。名称はA・ピカールの成層圏探検用気球FNRS号を継承している。続いて2号をもとにしてFNRS-3号が製作された。1959年、アメリカ海軍はピカールからトリエステTriesteⅠ号を購入、1960年にJ・ピカールとドン・ウォルシュDon Walsh(1931―2023)が乗り組み、マリアナ海溝で潜水の世界記録、1万0916メートルを樹立した。1963年アメリカ海軍は、改良型のトリエステⅡ号で、遭難したアメリカ原子力潜水艦スレッシャー号の写真撮影に成功している。また、フランス海軍のバチスカーフは日本と協力して数次にわたり日本海溝、千島海溝を調査し、1961年にはアルシメードArchimède号が千島海溝で9592メートルの深度を記録した。アルシメード号は同年に完成した新造艇で、水中排水量209トン、長さ22メートルである。
バチスカーフの原理はそれ以後の世界の有人深海調査用潜水艇に活用されている。日本の「しんかい2000」もこの原理で、浮力用には、ガソリンにかえて、エポキシ樹脂で固めた100マイクロメートル前後の中空のガラス玉で、比重約0.55のものが用いられている。
[半澤正男]
スイスのA.ピカールによって開発された深海観測用潜水船の形式。海水より軽い石油を満たした船体の下部に,水圧に耐えるようつくられた人間の入る船室をつけ,自重と浮力とが釣り合うようにし,鉄のバラストの捨て方を調節して沈降,浮上するようになっている。石油には深海の海水圧力が加わるようにしてあるので,その船体そのものは,薄い構造物でさしつかえない。まず船体の前後についている海水バラストタンクに海水を入れると潜水を始める。船が下降するにつれて水圧が増加し,石油が圧縮されて浮力が減ずるので沈降速度が増加する。このとき小粒の鉄製のバラストを適当量捨てて,沈降速度を制御することができ,ある場合は一定深度にとどまり,さらに捨てれば浮上する。浮上のときの速度を制御するためには,石油を海中に少しずつ放出させて行う。バチスカーフの水平運動の範囲は30mくらいである。最初のバチスカーフは1948年にベルギーの国立科学研究財団(FNRS)の援助でつくられたFNRS2で,このほか53年にトリエステ市の援助でつくられたトリエステTrieste(その後1959年にアメリカ海軍が購入),フランス海軍が53年に建造したFNRS3,61年に建造したアルシメドArchiméde,アメリカ海軍が64年に建造したトリエステⅡがあるが,現在ではいずれも使用されていない。バチスカーフはその潜航深度は大きいが,取扱いがきわめて不便であり,行動も乏しいのでその後は新たにつくられていない。バチスカーフによる潜水記録としては,1960年トリエステで,J.ピカールとウォルシュDon Wolshがマリアナ海溝で潜航深度1万0916mの世界記録を樹立している。このほかトリエステは,63年に事故によって沈没した原子力潜水艦スレッシャー号の捜索にも使われた。
→深海潜水艇
執筆者:岡村 健二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…53年にはイタリアでFNRSIIと同じ形式の深海艇トリエステTriesteが建造され,同艇は,その後,アメリカ海軍の所有となり,60年ピカールの息子であるJ.ピカールによりマリアナ海溝で潜航深度1万0916mの世界最深記録を樹立している。 FNRSIII,トリエステいずれもいわゆるバチスカーフ型と呼ばれる形式で,浮力材としてガソリンを用いるため大きな船体を必要とした。その後,海中での機動性や着水,収容の容易性を高めるため,浮力材として中空ガラス球を用いて小型軽量化が図られ,性能面,運用面でも優れた深海潜水艇が多く建造されている。…
※「バチスカーフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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