日本大百科全書(ニッポニカ) 「バラガン」の意味・わかりやすい解説
バラガン
ばらがん
Luis Barragán
(1902―1988)
メキシコの建築家。グアダラハラに生まれる。大農園を経営する裕福な地主の家庭に育つが、1936年の農地改革により一族は土地を失う。バラガンは1923年グアダラハラの自由工科大学で土木工学の学位を取得。1925年から1927年にかけてヨーロッパを旅行し、パリのアール・デコ博覧会を見学。フランスの造園家フェルディナン・バックFerdinand Bac(1859―1952)の作品やスペインのアルハンブラ宮殿に感銘を受ける。帰国後建築家を志し、独学で建築を学ぶ。1930年、最初の作品ロブレス・レオン邸(グアダラハラ)の増改築を行う。1935年、メキシコ市に拠点を移し、近代的なデザインの住宅設計を始める。だが、施主の意向をきいて設計する作業に疲れ、しばらく建築を放棄した。ただ、バラガン自邸(1948、メキシコ市)は自分が施主であり、納得がいくまで何度も手を入れている。この自邸と仕事場は2004年に世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。1950年エル・ペドレガル分譲地(メキシコ市)では、荒々しい溶岩地帯の土地を安く購入し、地形を生かした開発を行い、高級住宅地として成功させる。こうした不動産の事業にかかわったのは、やりたい建築を純粋に追求するためでもあった。
バラガンの建築の特徴は、鮮やかな色彩と奇跡的な光の効果である。ガルベス邸(1955)はショッキング・ピンクの壁、晩年のバーバラ・マイヤー邸(1981)は白い壁と赤い格子の対比が印象的である。それぞれ強烈な色だが、花や空などメキシコの自然の風景にも同じような色は見いだされる。カプチン派修道院(1955、メキシコ市)は、礼拝室の左奥に隠されたスリット状のステンドグラスから、黄色の光を金色の祭壇に導く。ヒラルディ邸(1978)は、黄色い光のスリットが連続する廊下の突きあたりに、赤・青・白の壁に囲まれた屋内プールを置き、素材の色なのか、光の色なのか、あるいは水面に反射する色なのかがわからなくなるような空間が生まれている。こうした色と光による詩的な空間は、ジェームズ・タレルJames Turrell(1943― )やジョルジュ・ルースGeorges Rousse(1947― )らの現代美術の作品を連想させる。
バラガンは建築だけではなく、ランドスケープ・デザインも手がけた。エル・ペドレガル分譲地の開発もその一つである。サン・クリストバルの厩舎(1968、メキシコ市)では青い空を背景に、水を噴出する赤やピンクの壁が抽象的な空間を構成する。一角には馬用のプールがあり、抽象的な空間の中に馬がたたずむというシュルレアリスム的な風景が現出する。また彼は、ドイツ生まれでメキシコで活動した画家・彫刻家マティアス・ゲーリッツMathias Goeritz(1915―90)と共同の仕事を行った。例えば、メキシコ市郊外に建つサテライト・タワー(1958)は5本のコンクリートの塔であるが、方角によって見え方が大きく変わる。塔は赤・青・黄・白の4色に塗られ、非現実的なモニュメントになっている。
バラガンの作品はモダニズムとしては色彩が強すぎる。一方、バラガンは壁画運動(1920年代のメキシコの絵画運動。メキシコ革命をたたえ、公共建築の壁面にメッセージ性の強い巨大な絵画が、若手の芸術家たちによって描かれた)にも参加せず、メキシコの風土や地域に根差した建築ともずれており、メキシコ建築の本流からはずれていた。バラガンの作品には、厳格で高度に抽象的でありながら、豊饒(ほうじょう)できわめて具象的であるという二律背反性がある。そのために再評価は遅れた。情感に訴える建築を目指し、建築論もほとんど書いていない。その代わりに徹底した職人肌の建築家だった。メキシコの近代建築家ファン・オゴルマンJuan O'Gorman(1905―82)がモダニズムから地域主義への明快な転向をしたのに比べ、独自の方法でメキシコ的なものを作品に刻印した。1982年、健康上の理由から引退、1988年、没。
プリツカー賞、アメリカ建築賞受賞、AIA(アメリカ建築家協会)名誉会員。そのほかの主な作品にゴンサレス・ルナ邸(1928)、プリエト・ロペス邸(1950)、フエンテス大通り12番地の住宅(1950)、エル・ベベデーロの水盤(1962、メキシコ市)、ロス・アマンテスの噴水、広場(1962、メキシコ市)、ロス・クルベスのマスタープラン(1964、メキシコ市)などがある。
[五十嵐太郎]
『『GA48 LUIS BARRAGAN』(1979・エーディーエー・エディタ・トーキョー)』▽『斎藤裕監修『ルイス・バラガンの建築』(1992・TOTO出版)』▽『斎藤裕『CASA BARRAGAN』(2002・TOTO出版)』▽『『ルイス・バラガン 静かなる革命』(2002・インターオフィス)』