日本大百科全書(ニッポニカ) 「バリデーション療法」の意味・わかりやすい解説
バリデーション療法
ばりでーしょんりょうほう
validation therapy
認知症患者とのコミュニケーション術。施設のヘルパーや看護師に限らず、家族も習得することで、認知症患者との心の交流が復活できる。老人ホームで働いていたアメリカのソーシャルワーカーのナオミ・フェイルNaomi Feil(1932― )が1980年代に確立した。アメリカ、カナダ、ヨーロッパなどの多くの老人ホームが採用し、日本では岡山県笠岡(かさおか)市の「きのこグループ」からじわじわと広がっている。
フェイルは認知症患者を4段階に分けている。第一段階では認知の混乱がある。認識力は残っているが、人生に絶望し、周囲に不安や怒りの感情をぶつける。施設に収容されることを望まず、「あなたが閉じ込めた」「家へ帰りたい」と訴える。また、自分の価値を損ないたくないためにつねに他人のせいにする。ものを見失うと「私のものを盗んだ」などと非難する。第二段階では、自分はどこにいるか、だれなのか、日時・季節もわからなくなる。第三段階では、ことばでの意思疎通がむずかしくなり、断片的な一定の動作を繰り返すようになる。最終段階は、ほとんど動けず、話をすることができない植物状態となる。
初期の認知症患者は独特の状況のなかでことばを発している。しかし、施設の職員や家族が、ことばどおりに受け取り、反応すると、コミュニケーションは成立しない。そのような状況では、職員や家族はいらいらが募り、患者を無視したり、つらくあたったりすることになる。患者もそれに反発し、いらだつ。フェイルは、患者は現状とはかならずしも一致しない過去の状況のなかにおり、その立場を理解、共感し、尊厳を尊重しながら対応すべきとの考えに達した。具体的には、気持ちを落ち着け、患者の生きている世界を認め、尊重し、対応する。そのことで患者の平穏が得られ、職員や家族のいらいら感が減らせる。
アメリカの老人ホーム「エデン」グループの施設には、「アルツハイマー病患者の権利」「患者からのお願い」などの張り紙がされている。その張り紙には、かつては能力も知性もあった自分が病気であることを訴え、「私に親切にして」「私に話しかけて」などと呼びかける内容が記載されている。これはバリデーション療法に通じるものがある。
バリデーションの具体的なノウハウは、仙台市に事務局がある「公認日本バリデーション協会」(2003年に設立した日本バリデーション研究会が前身。2006年にアメリカのバリデーショントレーニング協会の承認を受け現在の名称に変更)の講演会や6回12日間の研修コースで学ぶことができる。日本では2009年(平成21)8月現在、約350人が修了している。
[田辺 功]
『ナオミ・フェイル著、藤沢嘉勝訳『バリデーション――痴呆症の人との超コミュニケーション法』(2001・筒井書房)』▽『日本バリデーション研究会編・篠崎人理監修『ケアワーカーが語るバリデーション――弱さを力に変えるコミュニケーション法』(2005・筒井書房)』▽『都村尚子著『パーソン・センタード・ケアを目指す認知症ケア――バリデーションで心の扉をひらく』(2008・新元社)』▽『ビッキー・デ・クラーク・ルビン著、稲谷ふみ枝・飛松美紀訳『認知症ケアのバリデーション・テクニック――より深いかかわりを求める家族・介護者のために』(2009・筒井書房)』