アメリカのジャーナリスト、小説家。辛辣(しんらつ)無比の風刺家、短編の名手として知られる。オハイオ州の貧しい農民の子に生まれ、早くから、宗教的に厳格な両親や、因襲的な環境に反発し、偏狭な性格をもつに至った。印刷工見習いなどを経て、1861年、南北戦争勃発(ぼっぱつ)とともに志願兵として北軍に加わり、戦場で勇敢な兵士として勲功をあげたが、戦争の悲惨さと死の恐怖を冷徹に見つめる目ももっていた。戦後、サンフランシスコに移り、1868年、同地の週刊紙『ニューズ・レター』の編集長としてジャーナリズムの世界に入る。1872年ロンドンに渡り、皮肉のきいた風刺文を新聞、雑誌などに発表。4年後ふたたびサンフランシスコに戻り、以後20年余り、「ニガヨモギと酸をインキがわりに用いた」といわれる辛辣な筆を縦横に振るった。彼一流のアフォリズムを集めた『冷笑家用語集』(1906刊、1911『悪魔の辞典』と改題)は、風刺家としての一面を代表する。20世紀に入ってからは筆力も衰えをみせ、妻子の死など家庭生活の不幸も重なって、人間嫌いとなる。最後は文明社会アメリカにも絶望して、1913年の秋、革命に揺れるメキシコに旅立ったまま消息を絶った。短編集として、南北戦争を舞台に不条理な死を鋭利な技巧で描いた作品を含む『いのちの半(なか)ばに』(1891)がある。芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)が『点心』で称賛して以来、日本でも愛読者が多い。ほかに超自然現象を扱った『怪奇な物語』(1893)がある。
[渡辺利雄]
「短編小説を組み立てさせれば、彼ほど鋭い技巧家は少ない」と、芥川龍之介にいわせたビアスは、アメリカ文学史上、E・A・ポー、O・ヘンリーと並ぶ短編の名手として知られ、なかでも、南北戦争を背景に死の諸相を描いた短編集『いのちの半ばに』In the Midst of Life(1891)は、彼の並々ならぬ文学的技巧の極致を示している。一分(いちぶ)のすきもなく組み立てられた作品は、結末で読者の意表をつき、人間存在の予測しがたい謎(なぞ)、人生の皮肉をかいまみせてくれる。
この代表作『いのちの半ばに』の巻頭を飾る『空飛ぶ騎士』A Horseman in the Skyでは、敵の斥候となっていた父親を心ならずも狙撃(そげき)する若い兵士の悲劇が描かれるが、読者は狙撃の相手が父親であることを最後まで知らされない。有名な『アウル・クリーク橋の一事件』An Occurrence at Owl Creek Bridgeでは、北軍に捕らえられた南部の農園主が、鉄橋上で縛り首になる寸前、鉄橋から落ちて森に逃げ込み、自宅に戻って妻の出迎えを受ける幻想を一瞬抱く。読者には事実と幻想の区別がはっきりしないままに、突然、妻を抱き締めようとする彼が「首筋に気を失わんばかりの一撃を感じ」たことを告げられ、次の瞬間には「彼の死体は、首が折れたまま、アウル・クリーク橋の横木の下で左右に静かに揺れていた」ことを知らされる。鮮やかな幕切れというほかはない。
[渡辺利雄]
『奥田俊介他訳『ビアス選集』全5巻(1968~1971・東京美術)』▽『飯島淳秀訳『ビアス怪異譚』(1974・創土社/講談社文庫)』▽『西川正身訳『いのちの半ばに』(岩波文庫)』▽『谷口陸男著『文明憎悪の文学者――アンブローズ・ビアス』(1955・研究社出版)』▽『西川正身著『孤絶の諷刺家アンブローズ・ビアス』(1974・新潮社)』
アメリカのジャーナリスト,作家。南北戦争に参戦した経験もあって《兵士と市民の物語》(1891。のち改題して《いのち半ばに》)という短編集で知られるが,冷笑的な描写を緊張度の高い技法で読ませる特徴をもっている。幼少年時代の貧しい農家の生活,宗教上のしつけに厳格な両親に対する反抗心などから,早くから自活の道に入り,同時に温かい家庭への憧憬と冷笑的な人生観をはぐくむようになっていった。その冷笑家ぶりは《冷笑家用語集》(1906。のち増補して《悪魔の辞典The Devil's Dictionary》,1911)に発揮されて今日も読まれているが,一時はサンフランシスコやロンドンで華々しいジャーナリストとしての活躍ぶりを見せ,生前にみずから編集した12巻の全集(1909-12)まで出版している作家であることを考えると,今日,上記の2冊のほかはあまり読まれないのは寂しい。芥川竜之介が早くからビアスに共鳴して日本に紹介したのは,みずからの資質に似たものをビアスに見たからであろう。
執筆者:後藤 昭次
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…たとえば〈万事,度を越すな〉など穏健な処世訓を説く格言の作者とされる。もっとも普通のリストで挙げられるのは,ミレトスのタレス,アテナイのソロン,スパルタのキロンChilōn,ミュティレネのピッタコス,プリエネのビアスBias,コリントスのペリアンドロスPeriandros,リンドスのクレオブロスKleoboulos。このうち若干の者は他と入れかえられることがある。…
…その名は〈黒足〉の意。命を救ってやった子蛇に耳をなめられたおかげで,あらゆる鳥獣の言葉を解するようになった彼は,兄ビアスBiasの依頼で,ピュロス王ネレウスの娘との結婚に必要な家畜持ちのフュラコスPhylakosの雌牛を奪いに出かけたが,捕らえられて牢に入れられた。しかし獄中で,虫どもが梁(はり)をあらかた食いつくしたと話しているのを聞いたので,近々,牢の屋根が落ちると予言したところ,はたしてそのとおりになった。…
※「ビアス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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