日本大百科全書(ニッポニカ) 「ビトリア」の意味・わかりやすい解説
ビトリア(Francisco de Vitoria)
びとりあ
Francisco de Vitoria
(1480?―1546)
スペインのサラマンカ大学の神学教授。国際法の父グロティウスの先駆者として、16世紀において、今日の国際法思想の基本となる考え方を、最初に明白に説いた。
ビトリアは一冊の著書も書かなかったが、ただサラマンカ大学で行った公開の特別講義だけは、死後編纂(へんさん)され、『神学特別講義』として1557年に出版された。このなかに含まれている「最近発見されたインディオについて」と「野蛮人に対するスペイン人の戦争の法について」の二つの特別講義は、国際法学の貴重な古典として高く評価される。これらはいずれも、当時の重大な政治的・社会的な現実問題であった、いわゆる「インディオ問題」、つまりコロンブスのアメリカ大陸発見に続いて、新大陸に渡ったスペインの植民者たちの言語に絶する残虐非道な迫害から、インディオを保護しなければならないという問題を取り上げ、それを道徳神学の立場から論じたものである。
その際、ビトリアは、インディオの基本的人権を保護する必要を、次のように主張した。すなわち、アメリカのインディオのような異教徒もヨーロッパのキリスト教徒も、すべての人間は、人間であるという共通の本性によって普遍的な人類社会を構成するが、その社会にはすべての人間に当てはまる共通の法が支配し、その法によって人間はだれでも人間としての基本的な権利が保障されている。それゆえに、スペイン人がインディオに対して行う戦争も、その普遍的人類社会に共通な法によって規律されるべきであり、したがって、異教徒であり野蛮人であるという理由で、彼らに対してむやみに非道な残虐を加えることは許されない、と。この場合、彼が説いた普遍的人類社会とその社会に共通の法が支配するという根本の思想が、結局、今日の国際法の基本観念となったといえる。そのために、ことにスペインでは、グロティウスよりもむしろビトリアのほうが、「国際法の父」とよばれるのにふさわしい、とさえいわれるくらいである。
[伊藤不二男 2017年12月12日]
『伊藤不二男著『ビトリアの国際法理論』(1965・有斐閣)』
ビトリア(スペイン)
びとりあ
Vitoria
スペイン北部、バスク地方アラバ県の県都。人口21万6852(2001)。エブロ川支流が流れる盆地内に細長く延びた丘陵上の標高550メートルに旧市街がある。西ゴート起源と考えられている要塞(ようさい)都市であったが、ナバラ王国時代にはその保護により商工業の中心として発展した。サンタ・マリア大聖堂(14世紀)や城(15世紀)、細い道路、古い家などが旧市街に残っている。その後鉄道が敷かれ、家具や農耕機械などの工場が駅周辺に立地した。現在は自動車、化学工業も発展している。近世スペインの神学者であり、今日の国際法の先駆をなす思想を説いたフランシスコ・デ・ビトリアの生地。
[田辺 裕・滝沢由美子]
ビトリア(ブラジル)
びとりあ
Vitória
ブラジル南東部、エスピリト・サント州の州都。人口29万2304(2000)。ビトリア湾口の同名の島の南東部に位置する港湾都市で、州政庁、大伽藍(がらん)など優雅な建築物が多く、美しい町並みをもつ。ドーセ川を通じてのミナス・ジェライス州の海への玄関にあたり、同州産の鉄鉱石、ローズウッドの多くがこの港から輸出される。コーヒー、カカオなどの輸出港でもある。郊外のツバロンには鉄鉱石の専門輸出港(25万トンの専用船の係留が可能)、ブラジル・日本・イタリア合弁のツバロン製鉄所(年産300万トン)がある。
[山本正三]