ビーシトゥーン(その他表記)Bīsitūn

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ビーシトゥーン」の意味・わかりやすい解説

ビーシトゥーン
Bīsitūn

イラン西部,ザグロス山脈のふもとにあるバーフタラーン州の村および岩壁の名称。歴史的にベヒストゥーンとも呼ばれる。古代メディア王国の都エクバタナ (ハマダーン ) からバビロンへと続く古い道沿いにあり,アケメネス朝ペルシアのダレイオス1世 (在位前 522~前 486) の戦勝を記念する浮彫 (レリーフ) と碑文が岩壁に刻まれていることで有名。この碑文の解読は楔形文字の研究に重要な手がかりをもたらした。登るのも困難なほど切り立った岩壁に刻まれた碑文は,古代ペルシア語,バビロニア語,エラム語で書かれ,ダレイオス1世がカンビセス2世 (在位前 529~前 522) の死後,王位簒奪者のゴーマータを殺して反乱軍を倒し,王位についた経緯を記録している。また領土をサトラップの管轄する州に分割して治めたことも記述されている。 1835~47年,東インド会社の幹部としてペルシアに勤務していたヘンリー・ローリンソンが初めてこの碑文を発見し書き写した。ローリンソンは 1849年にこの事実を公表し,楔形文字で書かれた古代ペルシア語の碑文を解読した。古代ペルシア語の解読に成功したことで,バビロニア語とエラム語の碑文もまもなく翻訳にいたった。その後さまざまな研究グループが碑文の研究に取り組み,ローリンソンの解読結果の一部をより明確にし,文字間隔をより正確に測定し,一連の事件が起こった年代 (前 522秋~前 520春) の特定に成功した。 2006年世界遺産の文化遺産に登録。

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