楔形文字(読み)せっけいもじ(英語表記)cuneiform script

精選版 日本国語大辞典 「楔形文字」の意味・読み・例文・類語

せっけい‐もじ【楔形文字】

〘名〙 紀元前三〇〇〇年のころシュメール人が発明し、バビロニアアッシリア地方や小アジアで紀元前数世紀まで用いられた文字。最初は一字一語である単語文字、のちに綴文字となった。象形文字とも併用され、粘土板、石板、柱、金属板などに刻まれている。字画の一方が広くしだいに細くなっていて、楔(くさび)の形に似ているところからいう。くさびがたもじ。楔状(けつじょう)文字。
※法窓夜話(1916)〈穂積陳重〉四二「石柱の両面に楔形文字が彫り付けてある」

くさびがた‐もじ【楔形文字】

〘名〙 紀元前三五〇〇年頃から紀元前数世紀までアッシリア、バビロニア、ペルシアなどで広く用いられた文字。その遺品は、粘土板に葦(あし)の茎を押して書いているため、楔形の組合せから成っている。シュメール人の発明。せっけいもじ。けっけいもじ。
※伸子(1924‐26)〈宮本百合子〉一「字でも、大昔はあんなのでない楔形(クサビガタ)文字を使ったのです」

けっけい‐もじ【楔形文字】

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デジタル大辞泉 「楔形文字」の意味・読み・例文・類語

くさびがた‐もじ【×楔形文字】

古代の小アジア世界で、粘土板に刻まれたに似た形の文字。表意文字から表音文字に移行する段階にあり、一般に1字が1音節を表す。アッカド語ヒッタイト語・古代ペルシア語などに使用された。楔状けつじょう文字。けっけいもじ。せっけいもじ。
[類語]文字文字もんじ鳥跡ちょうせき鳥の跡用字表記点画てんかくレター邦字ローマ字アルファベットハングル梵字ぼんじ大文字小文字頭文字イニシャル英字数字漢字仮名真名片仮名平仮名万葉仮名字母表音文字表意文字音字意字象形文字甲骨文

けっけい‐もじ【×楔形文字】

くさびがたもじ

せっけい‐もじ【×楔形文字】

くさびがたもじ

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改訂新版 世界大百科事典 「楔形文字」の意味・わかりやすい解説

楔形文字 (くさびがたもじ)
cuneiform script

古代オリエントで使用され,字画のそれぞれが楔の形をした文字の総称。楔形(せつけい)文字とも読む。

三つの系列が知られている。一つはシュメール人の発明した楔形文字で,一般に楔形文字といわれるときは,この文字体系が意味される。他の一つはアケメネス朝ペルシアで使用されたもので,文字数は41個に減少し,アルファベット的に使用されることもあったが,基本的には日本のかな文字に似た音節文字であった。3番目のものはシリアのラス・シャムラで発見された古代ウガリト王国の楔形文字である。この文字体系は28~32個の文字からなり,完全なアルファベット文字として考案されている。古代ペルシアとウガリトの楔形文字はいずれもシュメール系楔形文字の強い影響のもとで,楔の意匠を用いて二次的に考案されたものであり,ともに自国内でのみ使用された。上記3系列の中で,シュメール系楔形文字は高度のシュメール文明を背景にして3000年近く古代オリエント全域で使用され,歴史的に最も重要な役割を果たした。シュメール語の表記に使用された文字数は約600程度である。この文字体系をシュメール人から借用して表記された言語には,セム系のアッカド語(またはバビロニア語),アッシリア語,エブラ語,系統不明なエラム語カッシート語,系統的に親縁性が立証されつつあるフルリ語と古代アルメニアのウラルトゥ語,インド・ヨーロッパ語族系の言語である小アジアのヒッタイト語,パラ語,ルウィ語およびヒッタイト王国の原住民の言語であったハッティ語などがあり,エジプトのアマルナ,シリアのウガリト,イスラエルその他からも多数のシュメール系楔形文書が発見され,国際的に広く通用していたことがわかる。

シュメール系楔形文字の最古資料はメソポタミア南部の遺跡ウルクの第IV層で発見された絵文字に近い古拙文字で,前3100年ころに比定されている。同種の文字は他の遺跡から発見されていないので,文字の発明はおそらくこの時期にウルクにおいて行われたと思われる。前2700年ころに比定されるジャムダット・ナスルの遺跡からは線状に変化した文字が出土しているが,それ以後は特徴的な楔の形をとるようになり,前50年ころまで存続した。しかし前6,前5世紀にはアラム文字が優勢になり,併用時代のあと衰退に向かう。ウルク古拙文字の起源について最近シュマント・ベッセラトDenise Schmandt-Besseratが興味深い指摘を行っている。同女史によれば,古代オリエントでは新石器時代より〈トークンtoken〉と呼ばれる直径が1cm前後の粘土で作られたさまざまな形状の物体が,記憶の補助手段として使用されていて,その形状を粘土板の上へ移したのがウルク古拙文字,すなわち文字の起源であるという。実際〈トークン〉と古拙文字との間には顕著な類似性が認められ,シュメールの地において〈トークン〉から文字への飛躍が起こった可能性は高いと思われる(図1参照)。ウルク古拙文字およびジャムダット・ナスルの線状文字では表語文字logogram(表意文字ideogram)のみの使用が見られるため,文字数も1000に近いが,初期王朝末期(前2350ころ)からウル第3王朝(前2060-前1950ころ)には表音化が完成し,文字数も600程度に整理され,シュメール語が完全に表記されるようになっている。文字は粘土に葦の筆で書かれた。葦の筆は図2のごとく中空の葦の茎の外側を箸状に切り取って,その角を粘土に押しつけて書かれたため特徴的な楔形になった。そのため古拙文字,線状文字の曲線は鉤形または直線などに変化し,原形は失われた。シュメール語では書くことを〈植える〉といった。楔形文字がセム系のアッカド語とアッシリア語の表記に採用されると,バビロニア(シュメール・アッカド)地方とアッシリア地方で別個の発達を遂げ,やがてアッシリア地方では字画が統一されて簡明・優美なアッシリア文字が完成し,王宮の壁面などを飾ることになる。

楔形文字は原則として左から右へ書き,あらかじめ引いておいた罫線の中に文を収めるのが普通である。楔形文字の原形である古拙文字を構成の面で分析すると,その方法は漢字の六書(りくしよ),すなわち象形,会意,指事,形声,仮借,転注と類似の構成法が認められるが,シュメール独自の造字法として,既存の文字に複数の線を加える〈グヌーgunû〉,既存の文字を傾斜させる〈テヌーtenû〉,既存の同文字を二つ交差させる〈ギリムーgilimû〉と呼ばれる方法などが知られている。象形においては,対象の特徴的部分を抽象的に表現する傾向が強い。文字数が漢字に比べて少ないのは仮借と転注の方法が多用されているためである。音の類似による転用といえる仮借により表語文字の表音化が始まり,字義の類似による転用といえる転注により文字の多音化,多義化が発生した。例えば,太陽をかたどった文字は本来〈太陽utu〉を表したと考えられるが,転注により〈日ud〉〈白く輝くbabbar〉〈白いad〉〈清いzalag〉〈乾燥しているe〉などを同時に表した。このような文字の多音化,多義化による使用上のあいまいさを避けるために,シュメール人は限定詞determinativeと音声補記という方法を案出した。限定詞はいわば漢字の偏に相当し,エジプトの象形文字にも同趣の方法が認められる。例えば犂をかたどった文字は〈犂apin〉と同時に〈農夫engar〉を表したが,犂には木を示す限定詞が,農夫には人を示す限定詞が使用された。限定詞として最初に使用されたのは神を示すもので,次々と多数の限定詞が作られた。神,人,木を表す限定詞は限定する文字の前に置かれるので〈前置限定詞〉,土地・国,魚,鳥などの限定詞は後に置かれるので〈後置限定詞〉と呼ばれる。この方法は他言語の表記においても継承された。限定詞は実際には発音されなかったと思われる。音声補記はいわば日本語の送りがなに相当し,エジプトの象形文字にも同じくふうが知られている。この方法は問題の文字が子音で終わり,次に母音で始まる文法要素が接続する場合にのみ使用することができた。例えば文法要素aが接続する場合,このaはudの場合にはdaとなり,babbar,ad,zalagの場合にはそれぞれra,da,gaと書いて,前の文字がどの子音で終わるかを示したのである。この方法も他言語の表記に活用された。アッカド人,アッシリア人は楔形文字をセム語の表記に適応させるためさらに表音化と多音化の傾向を進展させている。例えば,山をかたどった文字は,シュメール語では〈山,国〉の意味でkurの音価をもつにすぎなかったが,〈国〉を意味するアッカド語のmâtuから新しい音価matを作り,〈山〉を意味するアッカド語šâduから新しい音価šadを作った。そしてさらにこの二つの音価を基礎にして次々にmat,maṭ,nad,nat,naṭ,lad,lat,laṭ,šat,šaṭ,sad,sat,saṭなどの音価を作り出している。したがって,アッカド語,アッシリア語の場合にはその判読がいっそう困難になる。

解読はまず古代ペルシアの楔形文字から着手された。古代ペルシアの遺跡で発見される3種類の楔形文字のうち字数が最も少ない碑文で,アケメネス朝時代のものと推定された刻文の中に,グローテフェントはある語がひんぱんに繰り返されることに気づき,これを〈王〉の称号と推定した。この語に規則正しく続く2群の語は父と息子という関係で結ばれた国王名と考え,その語が同じ文字で始まっていない点を考慮して,キュロスとカンビュセスを除外し,ダレイオスクセルクセスの名を作業仮設として採用することによって解読の端緒を開いた。このあと多くの学者,特にヒンクスEdward Hincks,オッペールJules Oppert,ローリンソンらの努力により1846年にはペルセポリス碑文の全文字が解読された。対訳が得られたことにより,アッシリアの楔形文字もグローテフェント,ローリンソン,ヒンクス,オッペールらの努力で57年にその解読が公認されるにいたる。また1929年北シリアのラス・シャムラで発見されたウガリト王国の楔形文字は,ドルムEdouard DhormeとバウアーHans Bauerがフェニキア語の知識を援用して,その翌年,解読に成功した。
アッシリア学 →粘土板文書
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百科事典マイペディア 「楔形文字」の意味・わかりやすい解説

楔形文字【くさびがたもじ】

〈せっけいもじ〉とも読む。シュメール,アッシリア,ヒッタイト,古代ペルシアなどの古代オリエントで広く使用された文字。多く粘土板に角のある棒状のもので刻んだために楔に似た形をとる。一般に左から右へ横書きし,多くは子音を伴う音節文字だが,単独の母音を表す文字もある。前4000年から前3000年ごろシュメール人が発明したときは絵文字だった。前2500年ごろから,特徴的な楔の形をとるようになる。グローテフェントローリンソン,ヒンクス,フロズニー,バウアーらによって解読された。→文字
→関連項目アッカド語アッシリア学イラン語派ウガリトエラム語楔形文字法シュメール粘土板文書バビロニア語ヒッタイト語ボアズキョイマリ(遺跡)

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「楔形文字」の解説

楔形文字(くさびがたもじ)
cuneiform scripts

シュメール人が考案し,古代オリエント世界に広く普及した文字。象形的な絵文字から出発したが,書記材料が粘土板と葦の尖筆であったため,やがて楔形になった。のちにセム系のアッカド人によって採用され,ついで同系のバビロニア人やアッシリア人に伝わり,さらにアナトリア,シリア,ペルシアの諸民族が自国語を記すのに用いた。セム系諸言語の表記に採用される過程で文字の表音化が進み,音節文字として用いられていたが,ウガリト文字に至って完全なアルファベット文字体系となった。古代ペルシア楔形文字もアルファベット的な機能を有している。しかし,やがてアラム文字パピルスの普及に押され,前1世紀後半には用いられなくなった。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「楔形文字」の意味・わかりやすい解説

楔形文字
くさびがたもじ
cuneiform writing

せっけいもじ,けっけいもじとも読む。シュメール人によって発明され,前 3500年頃からおよそ 3000年間,メソポタミアを中心とした古代オリエントで広く用いられた文字。もともと泥板に角のある棒のようなもので刻みつけたため線が楔形になるのでこの名がある。最古の楔形文字はウルクのエアンナ神域の第4層 (ウルク後期) から発見された絵文字で,今日その文字数は約 1000文字が知られている。その後,初期王朝時代にかけて楔形文字が一般化し,表音化された。バビロニア南部を統一したセム系アッカド人は楔形文字を採用してアッカド語を書き残した。そのためアッカド王朝滅亡後もアッカド語はオリエント世界で広く用いられた。

楔形文字
せっけいもじ

楔形文字」のページをご覧ください。

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旺文社世界史事典 三訂版 「楔形文字」の解説

楔形文字
くさびがたもじ
cuneiform script

前3100年ごろ,シュメール人が絵文字から発明した文字
粘土板に葦の茎や金属製のペンで刻んだ。アケメネス朝の滅亡まで,メソポタミアをはじめ全オリエントで使用された。元来,シュメール人の楔形文字は表意文字が主で,表音文字は少なかったが,アケメネス朝時代には,5つの表意文字を除いて全部表音文字化されていた。やがてアラム文字の盛行とともに消滅する。この文字による史料は,神話・占い・賛歌・呪文 (じゆもん) ・天文学・数学・年代記・歴史・ハンムラビ法典・裁判記録など多様にわたる。19世紀前半になって,ドイツのグローテフェントとイギリスのローリンソンにより解読された。

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世界大百科事典(旧版)内の楔形文字の言及

【楔形文字】より

…古代オリエントで使用され,字画のそれぞれが楔の形をした文字の総称。楔形(せつけい)文字とも読む。
[種類と分布]
 三つの系列が知られている。…

【アッシリア学】より

…1857年に公式に成立した新しい学問領域。広義には古代オリエントにおいて発見される膨大な楔形文字資料の解読とその文献学的研究を中心課題とし,考古学的研究と並行して楔形文字を使用した民族の政治・社会・経済・法律・宗教・芸術・文学などの文化全般と歴史を研究する学問を意味する。しかし最近では研究が飛躍的に進歩したため多くの専門領域に分化した。…

【グローテフェント】より

…ドイツの古代言語学者。古代オリエントの楔形文字の最初の解読者の栄をになう。1795年ゲッティンゲン大学に入り,卒業後は,ゲッティンゲン,フランクフルト・アム・マイン,ハノーファーのギムナジウムで古典語などを教え,1821‐49年,ハノーファーのリュツェウム(フランスのリセのドイツ語訳)の校長であった。…

【爪印】より

…爪判(そうはん),〈そういん〉ともいう。紀元前8世紀のメソポタミア楔形(くさびがた)文字の粘土版に見える。これは土地売買の契約証文であり,世界最古の爪印資料である。…

※「楔形文字」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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