フォアアールベルク(その他表記)Vorarlberg

改訂新版 世界大百科事典 「フォアアールベルク」の意味・わかりやすい解説

フォアアールベルク
Vorarlberg

オーストリア西部の州。スイスリヒテンシュタイン,ドイツに隣接。面積2601km2,人口36万(2004)。州都ブレゲンツ。南部の原住民は17世紀までレト・ロマン語を話したが,今日ではゲルマン系のアレマン方言に一元化した。州全体は西に向かって開かれ,おおむねライン川水系の流域に属する。ライン渓谷平野部,ボーデン湖の周域は気候温暖。ブレゲンツの森を経てアールベルク山塊から氷河地帯まで起伏に富む風光明媚の地で観光客が多く,とくにアルプス前地はスキーのメッカとして名高い。ウィーン特別区に次いでオーストリア第2の工業州で,工場地帯はライン平野部,ワルガウ地域に集中。工業総生産高の約60%(1974)を占める繊維,被服部門のほか,鉄鋼,非鉄金属,機械,電子,製紙など,輸出向けに編成されている。モンタフォン地区を中心とする豊富な水力発電はドイツ,ベネルクス諸国にも輸出されている。ボーデン湖畔のブレゲンツは近来,音楽祭でも有名である。

 古くはローマの属州ラエティアRaetiaの一部で,4世紀初め以降,西ゲルマン系のアレマン族が定住し,6世紀末にはフランク王国に編入された。ブレゲンツ伯家は1154年に,同系のフレンドルフ伯家も80年に断絶,その遺領はシュタウフェン家に帰した。1208年以降モントフォルトMontfort伯家が勢力を張ったが,その後スイスから転進したハプスブルク家が14~16世紀にモントフォルト伯支配領域を次々に蚕食し,1523年にはブレゲンツをふくむ直轄領を創出した。市民と農民だけから成る領邦議会は,領邦君主であるハプスブルク家への貸付けで政治的発言権を強め,領地の処分に抵抗した。1782-1918年の間チロル州に併属。1805-15年には一時バイエルンの支配に服した。言語,文化上スイスに近いので,第1次大戦後1919年5月の住民投票では,80%がスイスとの合併を希望したが,オーストリアおよび連合国側の反対で実現しなかった。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「フォアアールベルク」の意味・わかりやすい解説

フォアアールベルク
ふぉああーるべるく
Vorarlberg

オーストリア最西端の州。ライン川を挟んでスイスに接する。州名は、チロール州との境界の「アールベルク峠手前にある地方」という意味。面積2601平方キロメートル、人口35万1565(2001)。この州は、本来はスイスのアラマン系ゲルマン人の居住地域で、18世紀以降はバイエルン系ゲルマン人のインスブルック(チロール州の州都)の管理下にあり、独立した州となったのは1918年以降であり、オーストリアの州のなかでは特殊な地位を占める。19世紀に農業地域から工業地域への転換が急速に行われ、18世紀の家内工業に始まった刺しゅう工業は現在この州の輸出産業の中心をなしており、ドルンビルン、ルステナウに中小工場が集まる。他の州と異なり、国、教会、貴族などによる大土地所有がなく、小規模な経営による農牧業が行われる。

[前島郁雄]

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