日本大百科全書(ニッポニカ) 「ホットアトム化学」の意味・わかりやすい解説
ホットアトム化学
ほっとあとむかがく
hot atom chemistry
ホットアトム効果による化学的性質の変化、反応過程などを研究する化学の一分野。反跳化学ともいう。一般に原子核の崩壊あるいは核反応によって生成する原子は、反跳(その原子が生成するときに放出されるエネルギーに対する運動量保存の法則によって、その原子が跳ね返されること)によって化学的にきわめて高く励起された状態になっている。このような原子をホットアトム(反跳子)というが、ホットアトムのもつ反跳エネルギーは、化学結合のエネルギーと比べるときわめて大きいので、化学結合が切れるという現象がおこる。これをホットアトム効果という。
ホットアトムは、古くラジウムAのα(アルファ)崩壊によって生ずるラジウムBやラジウムCで発見されたのが初めであるが、その後1934年に、ハンガリー生まれ(1943年アメリカに帰化)のシラードとチャルマーズT. A. Chalmers(1905―1976)によってシラード‐チャルマーズの方法が発見され、ホットアトム化学の基礎が確立された。すなわち彼らは、ヨウ化エチルC2H5Iを中性子で照射すると、127I(n,γ)128Iという核反応でヨウ素128が生成するときに放出されるγ(ガンマ)線の反跳によって炭素‐ヨウ素結合が切れてヨウ素128が遊離し、水中にヨウ素128が抽出されることをみいだした。この方法は、同位体の分離濃縮法として現在でも広く用いられている。
このような(n,γ)反応に比べて、β(ベータ)崩壊では反跳エネルギーは一般に小さいが、α崩壊や(n,p),(n,α)反応のように重い粒子を放出する反応では反跳エネルギーも大きく、周囲の分子と衝突し、電離して化学結合を切断し、また再結合するなど反応性に富むことになる。
原子炉による高い比放射能をもつ核種の製造、3H、14Cの標識化合物(ラベル付き化合物)の製造などに利用される。
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