原子核に他の粒子が衝突することによって起こる現象の総称。原子核反応ともいう。衝突する粒子は,陽子,中性子,π中間子,電子,光子などの素粒子である場合と,重陽子(重水素の原子核),α粒子(ヘリウム4の原子核),またはもっと重い原子核などの場合とがある。
核反応の研究は,1919年E.ラザフォードが,ラジウムから出たα粒子を窒素の原子核にあてると,陽子が放出されるとともに酸素の原子核が生ずることを発見したときから始まる。α粒子と窒素核が陽子と酸素核に変わったのである。元素を他の元素に変換することは錬金術師の時代からの夢であったが,ラザフォードのこの実験は原子核,したがって元素を人工的に転換しうることを初めて明らかにした。ラザフォードの弟子J.チャドウィックは,32年α粒子とベリリウムの核反応で発生する透過力の非常に強い奇妙な放射線の性質を調べ,それが,陽子とほぼ同じ質量で電荷をもたない新粒子,すなわち中性子の流れであることを見いだした。この発見に基づいて,ただちにW.ハイゼンベルクとD.D.イワネンコは,それぞれ独立に原子核は陽子と中性子とからなる多体系であるという考えを提唱し,原子核物理学の基盤を確立した。同じ年,J.D.コッククロフトとE.T.S.ウォルトンは,自ら作製した加速器で加速した陽子をリチウムにあてることによって,完全に人工的に核反応を起こさせることに成功した。この成功は,加速器で加速した粒子を用いて従来よりもずっと容易に多種多様な核反応を起こし,原子核物理学さらには素粒子物理学の研究を推し進める出発点となった。また,A.アインシュタインが特殊相対性理論に基づいて発見した質量とエネルギーの等価性が,この実験の解析によって定量的に立証された。33年ジョリオ・キュリー夫妻は,α粒子を用いた核反応によって,放射能をもつ同位体(放射性同位体)を初めて人工的につくり出し,これにより,当時入手しにくく高価でもあった,ラジウムに代わることのできる放射性物質を人工的な方法で得る道が開かれた。続いて34年,E.フェルミはα粒子よりも中性子のほうが核反応を起こさせるのに有効であることを予見し,あらゆる元素に中性子を照射して,非常に多くの新しい人工放射性元素をつくり出すのに成功した。この方法は人工放射性同位体の実用的な製法としても優れており,事実,原子炉の中でおおいに利用されている。フェルミはまた,中性子のエネルギーがとびとびのある値にほぼ等しいときには,核反応がきわめて起こりやすいことを見いだした。この現象は共鳴現象と呼ばれているが,共鳴現象が起こる理由は,これらのエネルギーでは,入射中性子と標的である原子核とが反応の途中で一体になって,準安定で複雑な複合核を形成することにある。この複合核の概念はN.H.D.ボーアによって36年に提唱されたもので,核反応理論の重要な柱の一つとなっている。38年O.ハーンとF.シュトラスマンは,原子番号92のウランに中性子を衝突させて得られる反応生成物の中に,原子番号56のバリウムがあることを発見した。これはウランの原子核がほぼ真二つに壊れる核分裂という新現象を示すもので,核エネルギー,いわゆる原子力利用の重要な鍵となった。同じころH.A.ベーテらは,太陽や他の恒星のエネルギーの根源が核反応であることを明らかにした(恒星)。第2次世界大戦後はサイクロトロンなどの加速器の発達が目覚ましく,高エネルギー,大強度の粒子線を用いた核反応の研究がますます盛んに行われるようになった。この発展は大きく分けて二つの方向でなされた。その一つは,湯川秀樹によってその存在が予言されたπ中間子が,49年加速器を用いて人工的にもつくり出されたのを初めとして,数多くの新しい素粒子が発見され,これら素粒子の研究へと進展して,物理学における最先端の分野となっている。もう一つは核反応を通して原子核の構造を詳しく調べたり,核反応機構の詳細を明らかにしようとするものである。この方向の研究は,核反応で生成される粒子の検出器の長足の進歩とあいまって,原子核に関する興味ある多彩な現象を明らかにしつつある。
原子核Aに粒子aが衝突し,原子核Bと粒子bに変換する反応A+a→B+bを,A(a,b)Bで表す。またaを入射粒子,bを放出粒子,A,Bをそれぞれ標的核,残留核という。とくに,入射粒子aと放出粒子bが同じ場合,すなわちAとBが同じ場合を散乱と呼ぶ。散乱の前後で原子核の状態が変わらず基底状態であるときには,粒子の運動エネルギーも変わらない。これを弾性散乱という。一方,散乱後の原子核が励起状態にある場合には,放出粒子の運動エネルギーは核の励起に使われた分だけ入射粒子の値より小さい。これを非弾性散乱という。この場合,残留核Aが励起状態にあり,放出粒子aの運動エネルギーが減少していることを示すために,A*,a′などの記号が使われることが多い。粒子の種類を区別するために,陽子,中性子,重陽子,α粒子,π中間子,電子,光子をそれぞれp,n,d,α,π,e,γで表す。例えば,原子核Aに陽子を衝突させた場合,弾性散乱はA(p,p)A,非弾性散乱はA(p,p′)A*,α粒子が放出される反応はA(p,α)Bなどである。反応の結果3個以上の生成物が生ずることもあるが,これも上に準じ,残留核Cのほかに2個の中性子が生ずる反応はA(p,2n)Cである。
ある核反応を起こさせるのにどれだけのエネルギーが必要か,または,ある反応によってどれだけのエネルギーが得られるかということは原理的にも実用的にも重要な問題である。核反応A(a,b)Bにおいて,A,a,b,B各粒子の質量をそれぞれMA,Ma,Mb,MBとするとき,一般に反応前の質量の和Ma+MAは反応後の質量の和Mb+MBと異なる。その差に光速度cを2乗した[(Ma+MA)-(Mb+MB)]c2をQで表し,これを反応A(a,b)BのQ値と呼ぶ。質量mとエネルギーEの等価性についてのアインシュタインの式E=mc2によれば,Qが正のときには反応の際にエネルギーQが放出されることがわかる。このような反応を発熱反応という。逆にQが負の場合は吸熱反応と呼ばれ,-Q以上のエネルギーを与えなければ反応は起こらない。
核反応はまた反応に関与する陽子や中性子の離合集散のしかたによってさまざまに分類される。例えば,反応A(d,p)Bでは,入射重陽子dの中の中性子が標的核Aに捕獲され陽子pだけが出てくる。このように入射粒子の一部が標的核にはぎとられる反応をストリッピング反応,逆に陽子を衝突させたときに重陽子が放出される(p,d)反応のように,入射粒子が標的核の一部をはぎとる反応をピックアップ反応という。この種の反応は非弾性散乱などとともに核構造を調べるのにきわめて有力な手段になっている。また原子力で主要な役割を演ずる核反応,すなわち核分裂と核融合も,別種の組替えである。核分裂は,例えば,ウランの原子核が入射中性子を吸収して,ほぼ同じ大きさの二つの原子核に分裂する反応である。一方,核融合は,2個の重陽子が反応してヘリウム3(陽子2個と中性子1個からなるヘリウムの同位体)と中性子が生ずるというように,2個の軽い核が結合してもっと重い原子核ができる反応である。これら2種類の反応は発熱反応で,放出される大きなエネルギーが動力などに利用される。原子力に関係深いもう一つの反応に放射性捕獲がある。入射粒子が標的核に吸収され,余分なエネルギーがγ線(光子)として放出される反応で,例えば,原子炉の中にコバルトを置けば,炉の中の中性子を放射性捕獲して放射性同位体コバルト60ができる。また,加速器の発達に伴い,重いイオンを高エネルギーに加速することが可能になり,重い原子核どうしの反応が盛んに行われ,原子核物理学のみならず医学を含む他の分野の研究にも役だっている。この種の反応は重イオン反応(重イオン衝突)と呼ばれる。
核反応の起こりやすさ,すなわち起こる確率は断面積cross sectionという量で表される。切口1cm2の筒の中に1個の標的核Aがあるとき,1個の粒子aが入射し,衝突する確率がσであれば,σを断面積という。通常バーン(10⁻24cm2)を単位に用いる。衝突後の状態をB+bに限定したときには反応A(a,b)Bの断面積,放出粒子bの方向まで限定したときは微分断面積という。その場合,これらの和または積分で与えられる総量をとくに全断面積と呼ぶ。
核反応の機構は三つの過程に大別される。もっとも単純な直接反応過程,きわめて複雑な複合核過程およびこれらの中間に位する前平衡過程(または前複合核過程)である。これらの過程で放出される粒子はそれぞれ特徴的な角度分布(微分断面積)やエネルギー分布を示し,核構造に関する豊富な情報(原子核のスピン,パリティ,単一粒子状態や集団運動状態の性質,励起状態の状態密度など)を提供する。これらの過程はほぼ次のようにして起こると考えられる。中性子による反応を例にとろう。中性子や陽子(総称して核子という)の間に働く核力は非常に強いが,原子核の内部では他の核子による多体的な効果のために,見かけ上それほど強くない。このことを前提にすると,(1)入射中性子は標的核の中に入って核内にいる核子と衝突するが,その衝突はあまり激しくないので,1~2回の衝突だけで,また,わずかのエネルギーを失うだけで出てくる場合が少なくない。これが直接過程の弾性,非弾性散乱で,もし核内の陽子を捕獲して重陽子として出てくれば(n,d)反応になる。この過程は比較的簡単な理論で解析でき,核構造に関するとくに重要な情報源である。(2)入射中性子が核内核子との1~2回の衝突で大きなエネルギーを失ったときには,もはや核外に脱出できず,多数回の衝突が繰り返されるために,全体として準安定で複雑な系ができ,やがてこれが崩壊すると放出粒子が出てくる。これを複合核過程,途中でできる複雑な系を複合核という。遅い中性子の核反応でフェルミが発見した共鳴現象は,この過程の典型的な例である。(3)上記の(1),(2)の中間的段階にはいろいろな過程があるが,これらを総称して前平衡過程と呼ぶ。
→核分裂 →核融合 →原子力
執筆者:寺沢 徳雄
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核Xに核子または核aが当たり,核Yおよび核子または核bができる一般的反応は,通常,X(a,b)Yまたは
X + a = Y + b + Q
の形に書く.後の式はこの反応のエネルギー関係までを書いており,Qは反応エネルギーで習慣的にQ値とよばれる.Qは質量とエネルギーの同等性により,X,a,Y,b核の質量,あるいは原子における電子の結合エネルギーのわずかな差を無視して,それらの原子質量Mを使って,
M(X)c 2 + M(a)c 2 = M(Y)c 2 + M(b)c 2 + Q
で表される.Q > 0は化学における発熱反応に対応し,Q < 0の場合は外界からエネルギーを供給しないかぎり,この反応は起こらないことを意味する.通常Xは,熱運動などを無視して実験室座標系で静止しており,aがある入射エネルギー Ea でこれに当たると考える.Ea とQの値から反応後のYとbの運動のエネルギーが定まる.逆に後者を測定してQを算出することができる.核反応にはX,a,Y,bの組合せにより非常に多くの型がある.aが核子であり,とくに中性子であるときは単に学術的のみでなく,原子核力の利用という面でも重要ないろいろの反応が起こる.また重陽子,三重水素,3He,α粒子など軽い核がaとなる場合もよく研究されているが,より重い原子のイオンを加速したものがaとなることもある.これを重イオン反応という.Yとbの組合せも同様にいろいろある.一般には,陽子,中性子,重陽子,以下α粒子までの軽い核などがbとなる場合が多いが,とくにbがYと同程度の重い核である場合を核分裂という.また,bがaに等しいときはY=Xであり,散乱の現象が起こる.YがXの内部状態が励起されたものであるときは非弾性散乱といい,Q < 0である.さらにbがγ線であるときはaのXによる捕獲反応といい,Qはγ線のエネルギーを表す.核反応をその進行過程から分類すると,複合核反応と直接反応とに大別される.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…しかし,ある特殊な状態の下では,原子核が反応を起こすことがある。それを原子核反応あるいは単に核反応という。核反応に伴って発生するエネルギーを原子核エネルギー(核エネルギー)nuclear energyあるいは原子エネルギーatomic energyという。…
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