改訂新版 世界大百科事典 「ムー伝説」の意味・わかりやすい解説
ムー伝説 (ムーでんせつ)
太古にインド洋または太平洋海域に存在したとされる大陸ムーMuは,当初レムリアLemuriaの名で世に広まった。提唱者はイギリスの動物学者でダーウィン進化論の反対者スクレーターPhilip Lutley Sclater(1829-1913)である。彼は1874年に,レムール(キツネザル)などの奇妙な分布を説明する必要から,マダガスカルと南インド,ならびにマレーシアは元来一つの大陸で5000万年前に水没したという仮説を立て,これをレムールにちなんでレムリア大陸と命名した。科学の分野においては,大陸移動説を提案したウェゲナーがこれを否定したが,オカルティズムの視点から超古代文明の存在を教義化しつつあった神智学者ブラバツキーが関心を示し,アメリカ西海岸の先住民族の古記録にレムリアが言及されていることを理由に,この仮想大陸はインド洋ではなく太平洋に実在したと主張した。さらに神智学協会ドイツ支部の会長であったシュタイナーは,アトランティス以前に存在した一大文明地域だったとする説を唱えた。次いでインドに駐留したイギリスの軍人チャーチワードJames Churchward(1852-1936)が同地で古代の碑板を発見し,5万年前に高度な文明を誇ったムーと呼ばれる大陸が太平洋上にあったことを解読して,仮説であったレムリアを古代伝承に従ってムーと呼び直した。彼の著書《失われた大陸ムー》(1926)は,中国や日本や太平洋諸島の古記録や神話にムー大陸への言及があることを示し,現在の文明は古代ムーのそれを伝承したものにすぎず,1万2000年前にムーが水没した際ごく少数のムー民族が今のメキシコに移住したと述べている。超古代に高度な文明が存在したとする伝説は,遠い神の時代への憧憬に根ざしているが,同時に,水中考古学が調査対象とする水没した古代都市の一例として科学的に検証しようとする動きもある。
→アトランティス伝説
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報