山袴の一種。もんぺの名称が全国的に一般化したのは,第2次世界大戦中に婦人標準服の活動衣として着用が奨励されてからである。それ以前は主として東北地方および一部農山村地帯の農民の労働着,あるいは日常の家着として男女にかかわらず着用されていた。語源については不明な点が多く,文献にもあまり見られない。宮本勢助は《山袴の話》(1937)の中で,山形とも米沢の人ともいう紋平なる人物がはきはじめたからとの説があるが,民間語源説にすぎないとしている。しかし現在各地方に残る名称を見ると,モンペ,モッペ,モツクラモッペ,ダフラモンペ,ガフラモンペ,ドフラモンペ,山形モンペ,マッカ,ユキバカマ,ユキコギなど多様である。《菅江真澄遊覧記》には,雪袴の語が見られ,日良野貞彦の《奥民図彙》には,男女農民のモッヘの着用図が描かれているが,現行のもんぺと同じかどうかはわからない。東北地方でもさして古い時代からの着用ではないらしく,むしろ裁付(たつつけ)や股の割れた股引を古くは〈モッペ〉と呼んで着用していたようである。もんぺは,前後布,左右計4枚の布を用い,後ろ布は前布より5cm内外長くして前後の差をつけ,下半身の動作を楽にしている。後ろ布につける長大な三角襠(まち)が特徴で,この襠によってもんぺ全体が緩やかとなる。材料は,労働着には紺,黒無地,縞などの木綿が多く使われたが,第2次大戦後は大半が絣(かすり)木綿に変化した。日常着としては,絣木綿に加えてサージ,セルなどの毛織物,化繊地も用いられたが,外出用には絹物もあった。しかし,最近ではごく一部の農山村の老婦人に見られるのみである。なお,現行のもんぺは両脇の明きや紐結びでなく大半はズボン式となっている。
→山袴
執筆者:日浅 治枝子
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山袴(やまばかま)の一種。「もんぺい」ともいわれ、その形態は地方によって異なる。このことばは裁着(たっつけ)、かるさんのように、古いことばではない。いずれにせよ農山村の労働着であり、とくに服飾構成では欠くことのできないものである。ことに第二次世界大戦中は女子の非常時服として採用され、全国的に普及した。戦争の終結とともにその使用は農山村に限られて用いられたが、現代ではそれもズボンにかわりつつある。
[遠藤 武]
股引(ももひき)や山袴(やまばかま)の一種。本来は,山袴のうちでも股下の裾にまで達する大きな三角形の襠(まち)をもつものを東北地方でモンペ・モンペイなどとよんでいたが,長着の上に着用できるところから,第2次大戦中に女子の標準服に制定され,全国各地に普及して山袴の代名詞のようになった。のちに胴回りと裾にゴムを通し股下に方形の襠をいれたズボンに近い改良形が現れ,短い上衣とくみあわせる着方とともに,女子の仕事着・日常着として定着。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…男子は頰かぶり,向こう鉢巻をした。第2次世界大戦中には上下二部式標準服の制定により,全国の女性は半ば強制的に下半衣にもんぺを着用させられた。戦後,もんぺはその機能性から農作業着として全国に定着し,とくに関東以西で愛用され今日にいたっている。…
…それらは江戸時代を通じて,その機能性からして,まず武家社会に,ついで庶民生活にも広く浸透した。農山村の労働着,防寒着として知られる〈もんぺ〉も,上部がゆるやかで裾がしまったその形式は,外来ズボンの影響をうけた袴と基本的に一致している。幕末には外国人の軍服の代用として,筒袖と裁付が盛んに着用され,明治以後になると軽衫はもんぺに転化していった。…
※「もんぺ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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