日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヤチネズミ」の意味・わかりやすい解説
ヤチネズミ
やちねずみ / 谷地鼠
red-backed vole
哺乳(ほにゅう)綱齧歯(げっし)目キヌゲネズミ科ヤチネズミ属に含まれる動物の総称。この属Clethrionomysの仲間は、ヨーロッパ、シベリア、東アジアおよび北アメリカに分布し、森林や原野などに生息している。ヨーロッパの代表的な種はヨーロッパヤチネズミC. glareolus、アジアではヒメヤチネズミC. rutilus、北アメリカではアメリカヤチネズミC. gapperiである。
日本では、九州、四国には分布しないが、北海道、本州などに分布する。北海道には、広く分布するミカドネズミC. rutilus mikadoとエゾヤチネズミC. rufocanus bedfordiaeのほかに、利尻(りしり)島と礼文(れぶん)島にリシリムクゲネズミC. rex、日高(ひだか)山脈と大雪(たいせつ)山地にミヤマムクゲネズミC. montanusがある。しかし、後二者はエゾヤチネズミの変異の範囲内に含められ、エゾヤチネズミとして取り扱うのがよいという意見もある。一方、本州のヤチネズミについては、東北地方のトウホクヤチネズミAschizomys andersoni、中部地方のニイガタヤチネズミA. niigatae、紀伊半島のワカヤマヤチネズミA. imaizumiiの3種に分け、ヤチネズミ属とは別属のニイガタヤチネズミ属に入れるべきであるとの意見がある。しかし、これらを種内の変異とみて、ヤチネズミC. andersoni1種にまとめるのがよいとの意見も強い。さらに、ほかのヤチネズミ類の成体では、大臼歯(だいきゅうし)に2根ができるのに対して、本州産ヤチネズミは、老齢になっても大臼歯に歯根ができず、無根歯であることから、ヤチネズミ属ではなく、スミスネズミ属Eothenomysに含めるほうがよいとも考えられている。
このように、ヤチネズミ類はきわめて変異性に富んだグループで、ヨーロッパでも分類上に多くの混乱がみられる。古い型のものが山地や離島に残っている可能性も強い。分布域の北方個体群や寒冷期地層から産出する化石では、同一種でも歯が大きく、形も複雑であるという。すべて草食性で、草の葉、茎、根のほかに、地衣類、蘚苔(せんたい)類、樹皮や樹根などを食べている。なお、ヤチは、沼沢地を意味するアイヌ語に由来する。
[宮尾嶽雄]