日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラーガー・シュテッテン」の意味・わかりやすい解説
ラーガー・シュテッテン
らーがーしゅてってん
Lagerstätten
本来はドイツ語で経済的に重要な地層や鉱床のことをいうが、近年は古生物学的情報に富んだ保存のよい化石を含む堆積(たいせき)物に対し使われることが多くなった。ラーゲル・シュテッテンともいわれ、化石鉱脈と訳す人もいる。
化石ラーガー・シュテッテンには、大別すると集中ラーガー・シュテッテンと保存ラーガー・シュテッテンがある。前者は化石の産出数が並はずれて多いものを称し、後者は保存の質が例外的に良好で、羽毛や軟組織さえ化石化し骨格も関節した状態のものを含む。絶滅動物の古生態や生態系の構造の解釈をするうえで重要である。
無酸素や過塩水の環境下で腐食者のいない停滞堆積物や、突然の混濁流が大量の堆積物をつくる深海環境や海辺の三角州での急速な埋没による埋積堆積物、こはく中に保存された昆虫や泥炭地にはまり込んだ動物などが含まれる保存トラップなどが、保存ラーガー・シュテッテンの有力な候補である。
近年有名になった例としては、続々と羽毛恐竜たちを産出している、中国・遼寧(りょうねい)省の白亜紀前期の熱河層群(ねっかそうぐん)(熱河生物群を含む)である。これは酸素欠乏の多量の火山灰中に、きめ細かく化石を保存している。始祖鳥アーケオプテリックスArchaeopteryxの産出で有名なドイツ・バイエルン地方のジュラ紀後期のゾルンホーフェン石版石石灰岩(ゾルンホーフェン動物群を含む)は、細粒・均質で礁背後の潟湖(せきこ)に堆積したものである。外海の海水との入れ換わりが限定され、蒸発率は高く、塩分濃度も高かった。カナダ、ブリティッシュ・コロンビアのカンブリア紀中期のバージェス頁岩(けつがん)(バージェス動物群を含む)の場合は、海底地すべりの結果、生息していた浅瀬から酸素欠乏の深海に運ばれた生物が急速に細泥に埋まり、腐敗が妨げられ、その後軟組織は珪(けい)酸塩鉱物に置換されている。ロシアの古第三紀のバルト海のこはくも著名である。サムランド岬南方に繁茂した松類のこはくが、その後の海水氾濫(はんらん)時に洗い流され、再堆積したが、さらに再侵食され、のちにバルト海海岸沿いの地域に再堆積したものである。
ほかにも、オーストラリアにある先カンブリア時代のエディアカラ層(エディアカラ動物群を含む)、南アフリカのケープ・タウン付近にあるオルドビス紀後期のスーム頁岩、ドイツ西部にあるデボン紀のフンスリュック粘板岩、スコットランドにあるデボン紀のライニーチャート、アメリカのイリノイ州にあるメゾン・クリークの石炭紀後期の地層、フランス東部にある石炭紀のボルツィア砂岩、ドイツ南部にあるジュラ紀前期のホルツマーデン頁岩(ホルツマーデン動物群を含む)、アメリカ西部にあるジュラ紀後期のモリソン層、ブラジル東部にある白亜紀のサンタナ層およびクラト層、ドイツ西部にある古第三紀のメッセル・ピットの地層、アメリカのロサンゼルスにある更新世のランチョ・ラ・ブレアのタール層などが、ラーガー・シュテッテンの実例である。
[小畠郁生]
『クレア・ミルソム、スー・リグビー著、小畠郁生監訳『ひとめでわかる化石のみかた』(2005・朝倉書店)』