熱河生物群(読み)ねっかせいぶつぐん(英語表記)Jehol Biota

日本大百科全書(ニッポニカ) 「熱河生物群」の意味・わかりやすい解説

熱河生物群
ねっかせいぶつぐん
Jehol Biota

中国東北部の遼寧(りょうねい)省西部などには、海成層ではない白亜紀前期の地層が広範囲に分布している。これは熱河層群Jehol Groupとよばれ、この熱河層群から産する化石のすべてを含めて熱河生物群と称する。

 熱河層群は火山噴出岩や石炭層を含む砕屑(さいせつ)岩類からなり、かつてはジュラ紀後期の堆積(たいせき)物とみなされていたこともある。しかし、最近の放射年代測定では、下部が約1億3000万年前、上部が約1億1000万年前に生成されたと考えられている。地層の厚さは約2600~1600メートルと算定される。

 熱河生物群で昔からよく知られているのは、白ないし淡黄色の凝灰質頁岩(けつがん)から産する石魚と称するリコプテラ類の小さな魚類化石で、第二次世界大戦前には、旅行の土産(みやげ)品などとして、よく日本に持ち込まれていた。このほか著名なものとしては、トカゲ類ヤベイノサウルス・テニュイスYabeinosaurus tenuis、リンコサウルス・オリエンタリスRhynchosaurus orientalisや、カメ類マンチュロケリス・マンチュウコウエンシスManchurochelys manchukouensisなどが知られている。

 熱河生物群には、以上の例のように、魚類、両生類、カメ類、トカゲ類、恐竜、翼竜、哺乳(ほにゅう)類のほかに、二枚貝類、腹足類、貝形虫類(節足動物)、カイエビ類甲殻類、昆虫、クモなどの無脊椎(むせきつい)動物や、藻類、高等植物、花粉、胞子などの植物をあわせて約300種の産出が知られている。

 とくに最近注目を集めているのは、毛の生えた恐竜たちの産出である。最初にみつかったのはシノサウロプテリクスSinosauropteryx(中華竜鳥)である。頸(くび)から背中にかけて繊維状の構造が認められ、これは羽毛原型と考えられており、羽毛様構造といわれる。この恐竜は全長120センチメートルでコムプソグナトゥス科に分類される。カウディプテリクスCaudipteryx(尾羽竜)は前肢と尾の先端に羽軸(うじく)のある羽毛をもち、尾羽は扇形で推定全長80センチメートル、オビラプトル類のカウディプテリクス科に属する。ベイピャオサウルスBeipiaosaurus(北票(ほくひょう/ほっぴょう)竜)は推定全長2.2メートルで特異な獣脚類テリジノサウルス科の属で、前肢に繊維状の羽毛の痕跡(こんせき)がある。シノルニトサウルスSinornithosaurus(中国鳥竜)はドロマエオサウルス科に属し、全長120センチメートルと推定される。全身が羽毛で覆われていただけでなく、肩関節が前後と上下に動かせ、羽ばたくような動作ができたらしい。ほかに、トロオドン科に属するメイMei、ドロマエオサウルス科に属するミクロラプトルMicroraptorなどが産出している。

 以上数例を示したが、羽毛が残された理由は、死因が火山灰の降る無酸素環境によるもので、酸素による腐敗を免れたうえに、きめの細かい凝灰岩のおかげで羽毛のような微細な構造を壊さないで保存することができたからであろう。熱河層群は、保存ラーガー・シュテッテンのよい実例である。

 熱河生物群は、その繁栄時期には、西シベリアからモンゴル、新疆(しんきょう)ウイグル自治区、朝鮮半島、日本の北陸地方などにまで及んでいたと考えられる。白亜紀前期のバレミアンからアルビアンという地質時代に相当し、日本で恐竜が繁栄した時期の一部と重なる。

[小畠郁生]

『張弥曼・陳丕基等『熱河生物群――重訪中生代的“厖貝域”』(中国語・2001・上海科学技術)』『Mee-mann Chang, Pei-ji Wang, Yuan Wang, De-Sui Miao eds.The Jehol Biota(2003, Shanghai Scientific & Technical Publishers, Shanghai)』

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