大学事典 の解説
ラーニング・アウトカムズ
[定義]
ラーニング・アウトカムズ(学習成果)とは,「ある期間にわたる学習を終えた時点において,学習者が何を知り,何を理解し,何ができるべきかについての期待を表明したもの」である(Moon,2002)。日本では,2008年の中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて(中教審答申)」(以下,学士課程答申)が,学士課程が分野を問わず共通に保証すべき知識・能力・態度等として「学士力」を学習成果として提言して以来,注目を浴びるようになった。
生徒や学生など学習者が教育プログラムを通じて何を身につけたのかに関しては,すでに19世紀後半頃から心理学者の関心を呼び,20世紀に入りJ.B. ワトソン,J.B.やB.F. スキナー,B.F.に代表される行動主義心理学は,明確な学習目標と測定方法の確立を主張し,とくに観察できて測定可能な学習成果の必要性を強調した。そのため,研究者の中には,学習成果を学習者の行動として現れたもののみに限定し,学習成果を「学生に対して,理解したり学んだりしたことを,重要な学習経験後に活用して実行できるようになって欲しいと我々が期待する学習結果」と定義し,価値観,信念,態度等の心理的特性は学習成果に含めないとする場合もある。つまり,学習成果は行為や行動に現れるものと考える(Spady,1994)。
[目的・目標・成果]
このように,学習成果の定義は必ずしも統一されているわけではないが,教育界でこれまで多用されてきた教育目的や教育目標との違いは明確にしておく必要がある。目的とは,教育を提供する側(大学,教員など)の意図であり,目標は彼らが設定した学習者が達成すべき目処である。したがって,意図に過ぎない教育目的や教育目標が実現される保証はない。しかし重要なことは,学習者がどこまで設定された目標に近づいたかである。つまり,「教員が何を教えたかではなく,学生が何を理解し,何ができるようになったのか」が重要なのである。そこで近年,「教育パラダイム」から「学習パラダイム」へのパラダイム転換が生じ,学習者の観点から教育のあり方を見直すことが必要となってきた。そのため,ある教育プログラムを終了した時点で学習者に獲得を期待する目処を「学習目標」として設定したものを「学習成果」とも呼ぶようになった。したがって,多くの大学が「学位授与方針」などで掲げている「学習成果」は,厳密には「期待される(望ましい)学習成果」すなわち「学習目標」ということができる。その意味で,文部科学省が公文書で使用している「学修成果」は,まさに獲得が期待されている「学習成果」が学習を通じて学習者によって実際に修得された「学習成果」に他ならない。
[学習成果,教授・学習過程,アセスメント]
そこで,学習目標(望ましい学習成果)を実際に学修成果にするためには,それらを獲得する学習機会を,大学や教員はカリキュラム・マップやコース・ナンバリング制などを活用して体系的・組織的に提供しなければならない。また学習成果に応じて,教育方法にもさまざまな工夫が必要となり,技能の習得を目指すのであれば,実践練習の機会を必ず教育プログラムに設けなければならない。さらに学習目標が実際の学修成果としてどこまで獲得できているかを確認する必要があり,そのためには学習状況に関して情報を収集し,分析するアセスメント(査定)の役割が重要になる。このように,学習成果を重視する方向に教育を転換することは,学習成果の設定を起点として,教授・学習過程とアセスメントをも含めた教育プログラム全体の改革を必要とし,これら三者の間に「整合性」が確保されていることが必要不可欠である(Biggs & Tang,2011)。
[現状と課題]
アメリカの学習成果を重視した高等教育改革は,欧米が先行している。アメリカ合衆国では,今世紀初頭,アメリカの競争力強化のためにG.W. ブッシュ大統領のもとで「落ちこぼれ防止法No Child Left Behind」が制定され,初等・中等教育においてすべての児童・生徒に一定の学力を保証することをめざした。すべての公立学校は,毎年全児童・生徒に全国共通テストを受験させ,学校の教育力の「説明責任accountability」を強く求めることとなった。この流れは高等教育にまで及び,2005年にM. スペリングス連邦教育省長官が設置した委員会では,アメリカの高等教育の質を向上させ,説明責任を果たすために,在学中にどの程度学習成果が獲得できたかを客観的に測定する共通テストの導入を強く求めた。このため,アメリカでは学習成果のアセスメント(outcome assessment)への関心が高い。
他方,欧州では1999年から開始されたボローニャ・プロセスで,学生の欧州域内での流動性を高め,学位の同等性を保証するために,「欧州資格枠組み」が制定され,高等教育を学士,修士,博士の三つのサイクルに分け,それぞれの学位の性格を何を知り,何を理解し,何ができなければならないかという学習成果および学習時間(欧州共通単位)で定義した。これをもとに,各国は同等で比較可能な資格枠組みを構築することとなっている。また専門分野においては,教員の自主的な取組みとしてチューニング・プロジェクトが動いている。欧米のこのような動きは,さらに国際的な広がりを見せ,OECDのAHELO(高等教育における学習成果調査)プロジェクトへとつながった。
では,課題はどこにあるのだろうか。①冒頭に指摘したように,そもそも学習成果とは何かという合意された定義が存在しない,②学習成果の意味や意義が大学関係者,とりわけ教員に十分理解されておらず,また賛同も必ずしも得られていない,③とくに,多様な高等教育を特定の学習成果のみに限定することは,自由教育の伝統への挑戦とみなされ,創造性の育成を阻害するのではと懸念されている,④学習成果の重要性が認識されても,学習成果を具体的に表現するのが難しい,⑤特定の学習成果を育成する手法やアセスメント方法がまだ十分整備されていない,といったことが挙げられている(Adam,2013)。これらの課題は日本にも同様であるが,とくに欧米と異なり,「資格枠組み」やイギリスの「分野別参照基準(イギリス)Subject Benchmark」やチューニング・プロジェクトのような外部参照基準が不在であること,加えてアメリカのようにアセスメントの理論・方法・ツールが未開発であり,学習成果が日本の学位の同等性を保証するにはいまだ至っていないことを指摘したい。
著者: 川嶋太津夫
参考文献: Moon, Jennifer, The Module & Programme Development Handbook: A practical guide to linking levels, learning outcomes & assessment, Kogan Page, 2002.
参考文献: Spady, William G., Outcome-Based Education: Critical issues and answers, The American Association of School Administrator, 1994.
参考文献: Biggs, J. & Catherine Tang, Teaching for Quality Learning at University, Society for the Research into Higher Education, 2011.
参考文献: Adam, Stephen, “The Central role of learning Outcomes in the Completion of the European Higher Education Area 2013-2020”, Journal of the European Higher Education Area, No.2, 2013.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報