日本大百科全書(ニッポニカ) 「リンドバーグ」の意味・わかりやすい解説
リンドバーグ
りんどばーぐ
Charles Augustus Lindbergh
(1902―1974)
アメリカの飛行家。デトロイト生まれ。父はスウェーデン系移民で下院議員。ウィスコンシン大学機械工学科を中退、1925年陸軍飛行学校を卒業。郵便飛行士などを勤めたあと、1927年5月、単発機スピリット・オブ・セントルイス号により大西洋横断無着陸飛行(ニューヨーク郊外ルーズベルト飛行場―パリ近郊ル・ブルジェ飛行場)に成功、一躍世界の英雄となった。1929年5月、中南米親善飛行の途中知り合ったメキシコ駐在大使の娘アン・モローAnne Morrow(1906―2001)と結婚。アンはやがて夫の副操縦士となって夫婦でしばしば各地へ飛行する。1932年、2歳弱の長男が誘拐、殺害されるという悲劇にみまわれる(この事件を契機に、複数の州にまたがる誘拐犯行を連邦犯罪として取り締まるいわゆるリンドバーグ法が成立した)。1935~1939年、ヨーロッパに住む。この間、フランスでA・カレル博士と協力して人工心肺の1号機を開発。ドイツではナチスの領袖(りょうしゅう)ゲーリングから名誉勲章を授けられた。帰国後、第二次世界大戦へのアメリカの参戦に反対する勢力の中心的存在となるが、参戦後は陸軍省顧問となり、太平洋戦線に赴き、空中戦にも参加した。1954年、単独飛行の回想録によりピュリッツァー賞受賞。妻のアンは作家でもある。
[常盤新平]
『新庄哲夫訳『リンドバーグ第二次大戦日記』上下(1974・新潮社)』▽『佐藤亮一訳『翼よ、あれがパリの灯だ』(旺文社文庫)』▽『リンドバーグ夫人著、吉田健一訳『海からの贈物』(新潮文庫)』