日本大百科全書(ニッポニカ) 「ルター訳聖書」の意味・わかりやすい解説
ルター訳聖書
るたーやくせいしょ
Luther-bibel
宗教改革者ルターの訳したドイツ語聖書。新約は1522年、新・旧約の完訳は1534年の刊行。ドイツ語聖書は印刷術が発明されてから十数種出版されたが、すべてラテン語訳聖書(『ブルガーター訳聖書』)からの重訳であった。これに対して、ルターはギリシア語、ヘブライ語の原典から訳した点で特筆すべきである。その普及は驚異的で、近世のドイツ文章語の統一を進展させた。ドイツ語は当時多くの方言に分かれ、書きことばも他の所にあまり広がらなかったが、ルターは特種な方言でなく、共通語の兆しを示したザクセン官庁語を使った。ただし、それは語形だけで、語彙(ごい)や文体は硬い官庁的な表現を避け、民衆にわかりやすい新鮮さを求め、死の直前まで訳の改訂に努めた。この聖書の文学的な評価は、『欽定(きんてい)訳聖書』の場合とまったく同じで、ゲーテをはじめニーチェなどの言からも十分認められる。現在よく使われる慣用句や諺(ことわざ)のなかには『ルター訳聖書』に基づくものが多い。なお18世紀の初めから、原典の文体を残しながら古い語法を除いて読みやすくする努力が行われてきている。
[塩谷 饒]
『塩谷饒著『ルター聖書』(1983・大学書林)』