代表的な英語訳聖書。1611年刊。イングランド王ジェームズ1世がピューリタンの請願を受け、1604年ロンドン南郊のハンプトン・コート宮殿で会議を開き、その際、王が新しい英訳をつくることに賛意を表したため、47名(のち54名)の学者をウェストミンスター、オックスフォード、ケンブリッジに分けて共同作業をした結果生まれた。そこで欽定訳the Authorized Versionとよばれ、またとくにアメリカでは、ジェームズ王訳the King James Versionともいう。
英訳聖書の歴史は長く、14世紀のウィクリフに始まり、16世紀のティンダルによって原語からの訳がつくられ、それ以後十指に余る訳が生まれた。これは、自国語で聖書を読むという宗教改革の主張に従うものである。欽定英訳聖書をつくるという試みは、多くの版を参照にして統一的な訳を生み出すという意味があった。こうしてできあがった訳は、のちに「英語散文の金字塔」とまで賞賛されるほどに、荘重で典雅な文体、ときに古拙(こせつ)な言い回し、ときに優美・流麗な格調などによって、現代に至るまで英語を母国語とする国民のみならず広く愛用され、この訳のいろいろな表現が文学作品をはじめ、演説、さらには庶民の会話にまで浸透し活用されてきた。それというのも、シェークスピアやベーコンなどが活躍していた文化の爛熟(らんじゅく)期の所産であったからである。特徴の一つに、英語の語彙(ごい)を駆使し、自由に同意語を用いて文章に変化をもたせていることがあり、19世紀につくられたこの訳の改訂版the Revised Versionが同一語・同一訳で平板になり人気がなかったのと対比される。また欄外注が、それまで神学的なものであったので、しばしば他教派への批判・攻撃に用いられた。この非を排して、注をテキスト(原典)上の差異に限定したことも、教派が乱立した時代にあってこの訳の普及に役だった。
[船戸英夫]
『寺沢芳雄他著『英語の聖書』(1969・冨山房)』
略称A.V.。イギリス国王ジェームズ1世の命を受け,五十数人の聖職者,学者からなる翻訳委員が周到な計画と良心的な作業のもとに1607-11年の間に完成した英訳聖書。その序文によると,国教会公認の《主教聖書The Bishops' Bible》(1568)を底本とし,ティンダル以後の英訳聖書やドイツ語訳などを参照して,ヘブライ語,ギリシア語の原典から新たに翻訳したというが,むしろティンダル訳やピューリタン派の《ジュネーブ聖書》(1560)などの粋をとって集大成した,一種の改訳である。その原典として用いた本文が十分良質なものではなかったことや当時の聖書研究が未発達であったことから,委員の努力にもかかわらず,現代の学問的レベルから見れば誤訳ないし不適当な訳文を含み,またその個所により多少の出来不出来がないわけではない。しかし,その文体は簡勁で律動的な魅力をもち,1611年の刊行以来今日に至るまで3世紀半以上にわたり広く国民の書として愛誦され,英・米人の精神,思想,感情生活をはぐくんできた。シェークスピアの英語と並び,むしろそれ以上に,近代英語散文文体の形成に大きな役割を果たし,イタリア語形成に対するダンテ,近代標準ドイツ語の形成に果たした《ルター訳聖書》(1534)に比すべき意義をもつ。さらにそれ自体翻訳であるにもかかわらず,一つの文学作品として,後の英・米文学に与えた影響も絶大であり,日常英語に引用ないし言及される作品として最も人口に膾炙(かいしや)したものである。
執筆者:寺澤 芳雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
… 散文の分野では,おびただしい量の宗教的著作と歴史編纂,航海記録と並んで,ホメロス,プルタルコスなど古典の翻訳が盛んにおこなわれる一方,現実社会の諸相を風刺的に描くパンフレットや,自然と人生の諸問題を哲学的に省察する文章も,多くものされた。また,華麗な文体で書かれたジョン・リリーの恋愛物語《ユーフュイーズ》やフィリップ・シドニーの牧歌的ロマンス《アーケイディア》はイギリス最初の小説として,1611年に公刊された《欽定訳聖書》とともに,文学史上特記さるべき地位を保っている。詩の分野では,絵画的描写と音楽美にあふれたエドマンド・スペンサーの長大な寓意叙事詩《神仙女王》が名高いが,ソネットをはじめとするさまざまな詩形の短い抒情詩も流行した。…
…おもなものは,プロテスタント系の《カバデル訳聖書》(1535),《大聖書》(1539),《ジュネーブ聖書》(1560),《主教聖書》(1568)であり,また唯一のカトリック系訳として《リームズ・ドゥエー聖書》(新約1582,完訳1610)がある。 そして,これらの英訳聖書の頂点に立つのが1611年刊行の《欽定訳聖書》である。これはジェームズ1世の命を受けて,当代を代表する五十数名の聖職者・学者が周到な計画のもとに,《ティンダル訳》以来の既刊の英訳聖書の長を採り短を補って訳出したもので,シェークスピアの英語と並んで近代英語の性格を決定したと評される名訳であり,英米人の精神・思想・感情生活に大きな影響を与えた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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