日本大百科全書(ニッポニカ) 「ルフ」の意味・わかりやすい解説
ルフ(Thomas Ruff)
るふ
Thomas Ruff
(1958― )
ドイツの写真家。1977年にデュッセルドルフの美術アカデミーに入学。78年に同校の写真クラスに入り、ベッヒャー夫妻のもとで学ぶ。79年最初のシリーズ作品「室内」の撮影を始める。81年初期の代表作の一つとなった「ポートレート」シリーズの撮影を開始。88年にはベネチア・ビエンナーレの「アペルト88」展に参加するなど、現代美術の国際的舞台での活躍を始めた。95年ベネチア・ビエンナーレでドイツを代表する芸術家としてドイツ館の作家に選ばれる。2000年デュッセルドルフ美術アカデミーの教授となり、ベルント・ベッヒャーが担当していた写真クラスを引き継ぐ。
ベルント・ベッヒャーが教授となり、妻のヒラ・ベッヒャーと共同して指導したデュッセルドルフ美術アカデミーの写真クラスからは、1980年代から90年代にかけてドイツを代表する写真作家が輩出した。ルフはその代表的作家の一人である。彼を国際的に有名にした最初のシリーズ作品は巨大な「ポートレート」であった。80年代初頭に始まったこのシリーズでは、ベッヒャー夫妻の教えに従って、身近な友人や知人という日常的なものが被写体として選ばれている。たいていは正面からのカラーのポートレートで、パスポート写真のように、あらゆる演出的な人工性を排して、大型カメラで緻密に撮られている。その個々人の相貌を非日常的な大きさに拡大しながら、彼らの個別性を比較可能なものにすることをシリーズとして目指した作品であり、ベッヒャー夫妻の方法論の正統かつ新たな展開であった。作品1点のサイズに関しては、師ベッヒャー夫妻の作品サイズとは大きく異なる。当初は、小さいサイズの作品であったが、85年ごろより巨大なサイズになる。大きくすればすべてはより明白になり、見る人はよりその被写体に近づくことができるかに思われるが、逆に、その人物たちは抽象的な存在となり距離感を増大させる。巨大なプリント・サイズは、その後、ベッヒャー・スクールの特徴の一つと見なされることになるが、その大きさは作家がしかるべき効果、作用を獲得するために意識的に選びとったサイズであった。
89年から92年の間に展開された「星」のシリーズにおいて、ルフはよりラディカルな制作方法をとる。ある天文台が所蔵する既存のネガから画像を選び、巨大な写真(縦約2.6メートル×横約1.9メートル)に引き延ばした。尋常ではないサイズに拡大された宇宙空間の画像の前に立つ鑑賞者は、近さと遠さという距離感覚の迷路に誘い込まれる。その画像は彼が撮影したのではなく、レディーメイドであり、それを拡大した天体像にすぎない。にもかかわらず、巨大なサイズで見せられることで、われわれにとって理解できない不可思議なものとして立ち現れ、そこにシュルレアリスムの精神に通じる異化作用が生じる。
ルフは、その後、新聞や雑誌から選んだ写真を複写した作品「新聞写真」(1990~91)、湾岸戦争で放映された暗視カメラの画像にインスピレーションを得た「夜」(1992~96)、ジョン・ハートフィールドやソビエトのプロパガンダ・ポスターを擬してイメージを構成、合成した「ポスター」(1996~ )、近年ではインターネット上に流通する猥褻(わいせつ)写真のイメージを元にした作品「ヌード」(1999~ )や同じくインターネット上でサンプリングした画像をベースにしてコンピュータ上で不定形なイメージを制作した「Substrat」(2001~ )など実験的な傾向を強めている。1990年代以降、ベッヒャー夫妻の精緻な画像とは対極的な不鮮明な画像や画像の合成を積極的に利用するなど、ベッヒャー門下生のなかでも自在な展開を見せている。
[深川雅文]
『Bernd und Hilla Becher, Thomas Ruff et al.Distanz und Nähe (1992, Institut für Auslandsbeziehungen, Stuttgart)』▽『Matthias WinzenThomas Ruff; Fotografien 1979-heute (2001, Verlag der Buchhandlung Walther König, Köln)』
ルフ(An Rutgers van der Loeff Basenau)
るふ
An Rutgers van der Loeff Basenau
(1910―1990)
オランダの児童文学作家。開拓時代のアメリカの、オレゴンへの幌(ほろ)馬車の旅をした子供たちを描いた『子供のキャラバン』(1949)をはじめ、『なだれ』(1954)、『われらの村がしずむ』(1957)、『みんなの広場』(1962)などを発表。自然の脅威や社会的な問題に直面した人々の心理と行動をたくみにとらえた物語のおもしろさの背後に、反戦・平和への強い願いが込められている。第二次世界大戦後の児童文学を真に世界的なものにした先駆者の一人。1967年オランダ国家賞受賞。
[神宮輝夫]
『朝倉純孝・朝倉澄訳『なだれ』(『少年少女新世界文学全集31 諸国編』所収・1964・講談社)』▽『熊倉美康訳『われらの村がしずむ』(『少年少女新しい世界の文学6』所収・1967・学習研究社)』▽『熊倉美康訳『みんなの広場』(1968・岩波書店)』▽『河原忠彦訳『オーロラの国の子ら』(1970・ポプラ社)』▽『熊倉美康訳『風車小屋の足あと』(1972・学習研究社)』