改訂新版 世界大百科事典 「ルルス」の意味・わかりやすい解説
ルルス
Raimundus Lullus
生没年:1232ころ-1316
スペインの百科全書的思想家。スペイン名はルリオRaimundo Lulio,カタルニャ名はルルRamón Lull。その博識と敬虔から〈天啓博士(ドクトル・イルミナトゥスDoctor illuminatus)〉と尊称される。マリョルカ島のパルマに廷臣の子として生まれ,浮薄な宮廷生活を送っていたが,癌におかされた人妻に恋をしてから世の無常を知って回心し,修道生活に入ったという。30歳のころ,苦行中の幻視にキリストが現れ,イスラム教徒などの異教徒を改宗させるための宣教活動への挺身,それに資する東洋語学院の設立,異教徒駁論の最良の著作の執筆という天命を自覚し,大学での講義,北アフリカ(チュニス,ブージー,アルジェリア)への宣教旅行などに携わった。あわせて改宗運動への援助と語学院の設立を多くのヨーロッパの諸侯や教皇に説いて回ったが,後者は彼の生前にはマリョルカのミーラマール学院として実現したのみであった。しかし,その死後,ヨーロッパの主要大学にアラビア語やヘブライ語の学院が設置され,非西欧文化への関心を高める機縁を作ったことは大きな貢献といえよう。北アフリカ,ブージーでイスラム教徒の投石による殉教の死を遂げたと伝えられるが,実相は定かではない。
当時マリョルカやイタリアのユダヤ知識人の間で盛んだったカバラ,イスラムの医学や占星術,アウグスティヌス的新プラトン主義などの影響を受けたと考えられるルルスの思想は,伝統的なスコラ学の知を大きく超える包括性と普遍性を備えていた。その端的な表れが主著《大いなる術(アルス・マグナ)》(執筆1273-74?)などで提示され,〈ルルスの術(アルス・マグナ・ライムンディars magna Raimundi)〉として知られた技法である。これは,彼によれば〈真理〉に至るための無謬の術であり,神の属性の顕現としての万象についての知を一元的に集成すること,すなわち普遍学の樹立を可能ならしめるものであった。それは,多様な概念を少数の自明かつ絶対的な概念ないし原理に還元すること,およびそれらをアルファベットで記号化し,さらには図形や器具の助けを借りて機械的に組み合わせることを通じて行われる。ここにはすでに人口言語や記号論理学的な発想がうかがえるだけではなく,学問分類論や記憶術の伝統においても特異な位置を占める見解が打ち出されており,後世多くのルルス主義者を生み,中でもニコラウス・クサヌス,ブルーノ,ライプニッツら汎知学的思想家には絶大な影響を及ぼすことになる。ただし〈ルルスの術〉は,あくまで異教徒との論争に資する方法的武器として案出されたことに留意しなければならず,それは彼の死後多くの偽ルルス文書で〈ルルスの術〉が錬金術に適用されて錬金術師としてのルルス像が一般化したことと,彼自身の錬金術への態度は別のものであることとは区別されなければならないのと同様である。なお,彼は生涯に,ラテン語,アラビア語,カタルニャ語による300巻近くに上る著作を行った。その中には学術論文だけではなく詩や寓意的な物語も含まれており,とりわけカタルニャ語を初めて文章語として用いた人として知られているものの,いまだルルス研究は途上にあり,全貌は明らかにされていない。
執筆者:大沼 忠弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報