ルーデンドルフ(読み)るーでんどるふ(英語表記)Erich Ludendorff

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ルーデンドルフ」の意味・わかりやすい解説

ルーデンドルフ
るーでんどるふ
Erich Ludendorff
(1865―1937)

ドイツの軍人。貴族出身が優位にあるドイツ第二帝政の陸軍将校団にあって、非貴族出身の近代的テクノクラート型の参謀将校の代表的一人として知られ、陸軍拡張を主張した。第一次世界大戦では初戦西部戦線でリエージュ攻略を指導した。その後、東部第8軍参謀長に転じ、ヒンデンブルクの下で、タンネンベルク戦いでロシア軍に大勝した。1916年8月、ヒンデンブルクとともに第三次最高軍司令部を構成、新設の第一幕僚長の職につき、実質的に参謀総長の役割を果たした。総力戦体制確立を推進し、政治にも積極的に介入して宰相ベートマン・ホルウェークを失脚させるなど、ルーデンドルフ独裁とよばれる強力な指導を発動した。1918年9月、ドイツの軍事的勝利の見込みがないことを認め、政府に講和交渉を急がせたが、10月末に解任された。ドイツ革命時には一時国外に逃れていたが、帰国後、国粋派の指導者格になって、カップ一揆(いっき)などの反共和国的政治運動に関与し、1923年11月のヒトラー一揆にも参加したが、裁判では無罪となった。1925年ナチスなどに推され、大統領選に出馬したが敗れ、国会議員を1928年まで務めたのち、政界から退いた。晩年は民族刷新を唱えるゲルマン的新宗教運動に入った。彼の総力戦論および第一次世界大戦時の戦争体制は、戦前日本にも紹介され、軍部などに少なからぬ影響を与えている。

[木村靖二]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ルーデンドルフ」の意味・わかりやすい解説

ルーデンドルフ
Ludendorff, Erich

[生]1865.4.9. ポーゼン近郊
[没]1937.12.20. ミュンヘン近郊
ドイツの軍人。ポーランドの貧しい地主の家に生れた。第1次世界大戦の勃発とともに第2軍補給総監に任命され,西部戦線でベルギーのリエージュ要塞を占領。次いで 1914年 P.フォン・ヒンデンブルクを司令官とする第8軍参謀長となり東部戦線に転出,同年8月タンネンベルクで大勝,16年8月参謀次長としてヒンデンブルク参謀総長とともに次第に政治の中枢に進出,T.ベートマン・ホルウェーク宰相の失脚後,事実上の「軍事独裁」を行なった。 18年 11月敗戦後スウェーデンに亡命し,翌年春帰国後,反ユダヤ人,反マルクス主義者運動を指導。 20年カップ一揆に参加,23年 11月 A.ヒトラーミュンヘン一揆には大きな役割を演じたが裁判は免れた。 24~28年ナチス党の国会議員,25年の大統領選挙にはナチス党から立候補したが,1.1%の得票しか得られず落選した。晩年はヒトラーとも対立した。著書"Meine Kriegserinnerungen" (1919) 。

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