日本大百科全書(ニッポニカ) 「をかし」の意味・わかりやすい解説
をかし
おかし
日本の古典文芸において一種の美意識を表す語で、美的理念を示すことばにもなっている。その用例は平安時代以後にみられ、基本的には対象を興ありと思う明るい快適な感情を主とすることばであろうが、美として優美に近いものを表す場合と滑稽(こっけい)を表す場合とが両極として考えられる。時代が下るにつれて滑稽に重点が移ってくるが、平安時代の文芸では優美に近いほうが優位を占め、そこでは同時代の「あはれ」の表すところに近似しているともいえる。しかし「あはれ」が対象に思い入った深いしみじみとした感動であるのに比べて、「をかし」は概して対象を外部から余裕をもってみて、そこに興趣を覚え快感を誘われて喜ぶような面がある。『枕草子(まくらのそうし)』はこういう「をかし」の美がとくに際だっている作品で、用例数のうえでも「をかし」は「あはれ」の数倍に達し、「月のいとあかきに、川を渡れば、牛のあゆむままに、水晶などのわれたるやうに、水の散りたるこそをかしけれ」のような用例がみられる。和歌関係では歌合(うたあわせ)の判詞に「をかし」が評語として相当多く使われている。『亭子院歌合(ていじいんのうたあわせ)』(913)に「今日のみと春を思はぬ時だにも立つことやすき花の陰かは」などの2首を「をかし」と評したのが早い例で、その後しだいに広く使用され、藤原俊成(しゅんぜい)あたりになるとその用例が非常に多くみられる。滑稽を表す「をかし」は中世以後に優勢になる。狂言に関していわれる「をかし」などはそれである。
[武田元治]
『『美の伝統 新修版岡崎義恵著作選』(1969・宝文館出版)』