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アクラ アクラ Accra

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アクラ
アクラ
Accra

ガーナの首都。同国南東部,ギニア湾に臨む。熱帯気候で高温多湿。一帯は古くからガー族の居住地で,17世紀に中心集落のアヤソから沿岸部に住民が移住,三つの村ができたのが都市の起源。一方イギリスオランダデンマークがこの地を貿易拠点とし,1872年までにイギリスが支配権を確立,1877年イギリス領ゴールドコーストの首都がケープコーストからこの地に移った。

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デジタル大辞泉の解説

アクラ(Accra)

ガーナ共和国の首都。ギニア湾に面し、カカオの輸出港として発達。15世紀にポルトガルが交易拠点を置き、続いて、英国、オランダ、デンマークなどの城塞が築かれた。1887年に英国領ゴールドコーストの首都となった。同国初代大統領が眠るクワメエンクルマ廟や、黄熱病の研究中にこの地で没した野口英世の記念像がある。人口、行政区166万(2000)。

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百科事典マイペディアの解説

アクラ

西アフリカガーナの首都。近郊に良港テマ(1961年完成)をもち,カカオ,金,マンガンなどを輸出する。1876年英領ゴールド・コーストの主都となり,対西欧貿易の拠点となった。
→関連項目ガーナ

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デジタル大辞泉プラスの解説

アクラ

株式会社資生堂が販売する洗髪剤のブランド名。洗髪後に使用するトリートメントとして「ヘアリファイナー」がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

アクラ【Accra】

西アフリカのガーナ共和国の首都。人口95万(1988)。17世紀にデンマークのとりでが建設され,1850年にイギリスがそれを買収,76年からイギリス領ゴールド・コーストの主都となった。その後西アフリカにおけるヨーロッパ文化の中心となり,19世紀末からのアフリカ人民族運動の発祥地でもあった。1928年には黄熱病の研究に来ていた野口英世がここで病没した。ギニア湾に面しているが,比較的涼しい乾燥地で,国際都市として発展した。

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大辞林 第三版の解説

アクラ【Accra】

ガーナ共和国の首都。ギニア湾北岸に臨む港湾都市。野口英世が1928年この地で病没。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アクラ
あくら
Accra

西アフリカ、ガーナの首都。同国の行政、商工業、交通、文化の中心地である。人口155万1200(2001推計)。ギニア湾に面し、海岸段丘とそれに挟まれた低地にまたがり、市内にはオダウ川が砂州でせき止められたコーレ潟湖がある。1482年この地域にポルトガル人が初めて渡来したときは、ガGaとよばれる民族集団が住む漁村であった。その後、イギリス人オランダ人、デンマーク人などによる貿易基地(城塞(じょうさい))が海岸地帯に建設され、ヨーロッパとの商取引が盛んになり、現在のアクラの中核となる集落が形成された。アクラという地名は、アカン語のンクランnkran(黒アリの意)がなまったものといわれている。しばしば地震にみまわれ、とくに1862年に市のほとんどが壊滅した記録がある。1887年イギリス領ゴールド・コーストの首都となり、行政、商業の中心地として発展した。また、グッギスバーグ総督による十か年計画(1920~1930)によって組織的な都市計画が進められ、道路、水道などの基礎的社会施設や学校、病院など教育、保健施設が整備された。1921年の人口は約3万8000人であったが、1931年に6万1000人、1948年には13万6000人と、社会、経済的発展とともに急増した。1969年にガーナ政府が外国人追放政策をとる前には、現地のガは住民の約40%で、移住民のアカン、エベやナイジェリア人、トーゴ人などの外国人が多かった。
 国内の鉄道および道路網の起点で、北東12キロメートルにガーナ国際空港がある。東方29キロメートルにある外港テマとの間には高速道路が通じる。ガーナ大学をはじめ教育施設、各種の文化施設も充実しており、1928年黄熱病(おうねつびょう)研究中にこの地で死んだ野口英世(ひでよ)の記念像がある。[中村弘光]

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