アッコ(英語表記)Akko

デジタル大辞泉の解説

アッコ(Akko)

イスラエル北部の都市。地中海に面し、港湾を有す。古代よりフェニキア人の港として栄え、中世以降も十字軍アイユーブ朝マムルーク朝などに次々と支配された。旧市街の街並みはオスマン帝国時代後期の18世紀から19世紀にかけて整備され、現在の姿になった。十字軍が築いたトンネルや教会、オスマン朝のイスラム寺院や隊商宿があり、2001年に「アッコの旧市街」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。アッコー。アッカー。アクレ。

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百科事典マイペディアの解説

アッコ

イスラエルの北端に近い地中海に臨む港湾都市。紀元前フェニキア時代に建設された古い町で,聖書にもその名があらわれ,ローマ,ギリシア時代には東方征服の拠点に,また12〜13世紀には十字軍の一中心地となった。旧市街は18〜19世紀のオスマン・トルコ時代の都市景観が色濃く残り,十字軍時代の都市遺構も地下にほぼ完全な形で残されている。2001年世界文化遺産に登録。

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世界大百科事典 第2版の解説

アッコ【‘Akko】

イスラエルの北西部,地中海沿岸にある港市。アッコはヘブライ語で,アラビア語ではアッカー‘Akkā。人口3万9100(1981)。古くから軍事的に重要な役割を果たしていた。旧約聖書の《士師記》1章31節にはその名が現れており,その後ギリシア,ローマの東方征服に際しても重要な拠点となった。ヘレニズム時代はトレマイ(プトレマイス)とよばれ,新約聖書にはこの名で現れる。12世紀の初め,第1次十字軍が侵攻してサラーフ・アッディーンをはじめ,イスラム勢力との間に激しい争奪戦が行われたが,1191年以降100年間,パレスティナの十字軍勢力の中心地となりヨハネ騎士団がこの地を管理,壮麗な教会もつくられた。

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