キンポウゲ科の塊茎性の宿根草で,花壇,鉢植えや切花用に栽植される。地中海沿岸原産で,16世紀末にはすでに多くの品種がイギリスでも栽培されていた古い園芸植物である。日本には1872年に渡来した。ボタンイチゲともいう。高さ20~40cmになり,花茎の頂に直径5cmほどにもなる花を一つつける。花弁のように見えるのは萼で,萼片は普通6~8枚あり,白,ピンク,赤,紫,青などの各色がある。また,おしべが弁化して八重咲きになったものもあり,多くの品種が分化している。一重咲きの代表的品種はドゥ・カーンde Caenで,ケシに似た大輪花をつける。八重咲きの品種としてはセント・ブリジッドSt.Brigidがあるが,これは完全に八重ではなく,種子を採ることができる。ボタンイチゲに似て同じように栽植される吹詰め咲きのアカヤエアネモネA.fulgens Gayは,花は鮮紅色で,A.pavonianaとA.hortensisの交雑から作られたとされている。
アネモネ類は冬は温暖な地中海沿岸が原産地のため,強い寒冷と乾燥には耐えられないので,北海道などでは春植えになる。その他の球根性アネモネには,小型で草丈10cmほどのハナアネモネA.blanda Schott et Kotschyがある。これは西南アジア,ギリシア原産で小輪の一重咲き。ロックガーデンなどに栽植される。花色は青色が基本であるが,濃紫,ピンク,白などもあり,金属的に光り鮮やかなものがある。アネモネ類の花は昼に開いて,夕方や雨天には閉じる。また,原産地の季節変化に対応して,その生長は秋の降雨で生育を始め,冬季は主として根を生長させ,春暖で開花し,夏の干天には休眠し塊茎で越すという性質がある。陽地を好む植物群でもある。
種子の実る系統は播種(はしゆ)して育苗する。播種するのは初秋。翌春に実生より生じる球根は円錐形で,これを実生球という。この球根を9月末ごろに発芽点のある端面を上にして植えつける。頂部より3cmほど覆土をする。種子が得られないものでは,分球によって増殖する。冬季に強く霜柱が立つときなどは敷わらを少し置くとよい。増殖のために塊茎を掘り上げるのは葉が枯れたときにし,カビの生えないように乾燥貯蔵する。
執筆者:川畑 寅三郎
アネモネはヨーロッパでは美のはかなさの象徴である。その花が,きれいではあるが摘みとるとすぐにしおれてしまうからである。古代ギリシアではアネモネは悲しみと死の象徴であった。これは,美少年アドニスがイノシシに殺されたときに地面にしたたった血からアネモネが生えたという神話に基づく。それゆえキリスト教時代になってもアネモネはキリストの受難のときの血と結びつけられ,またそのときのマリアの悲しみの象徴とされる。しかし他方,アネモネは〈復活祭の花Easter flower〉ともいわれることからわかるように,そこには永生の意味もこめられている。そしてこれはギリシア時代から引き継がれてきた考え方であり,アネモネが復活と永生の象徴ともなったのは,それが多年生植物であることによるといえる。花言葉は〈病気〉〈期待〉など。
執筆者:山下 正男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
キンポウゲ科(APG分類:キンポウゲ科)イチリンソウ(アネモネ)属の総称。北半球に約150種の原種があり、日本には14種ある。園芸上は、秋植え球根として扱う。代表種はコロナリアgarden anemone, windflower/A. coronaria L. でボタンイチゲともいう。地中海沿岸原産で、英名のウィンドフラワーの名のとおり、風通しのよい所でよく育つ。秋植えですぐ発芽し、早春に15~20センチメートルの花茎を出し、径6~7センチメートルの花をつけ、3月下旬から5月上旬まで咲き続ける。葉はパセリに似ており、花色は白、赤、青、紫、桃色などがある。一重(ひとえ)咲きから八重(やえ)咲きまであり、セント・ブリジッド種は花茎30~40センチメートルで早春の八重咲き、デ・カン種は花茎40~50センチメートルで丸弁一重の早生(わせ)種。また、ブランダ種は白、青、桃色の一重咲きの矮性(わいせい)種である。繁殖は、塊茎の分球または実生(みしょう)によるが、実生球のほうが花つきがよいとされる。切り花、鉢植え、花壇に適するが、矮性種は切り花には向かない。交雑種の代表はフルゲンスA. fulgensで、鮮紅色のもののほかに、セント・ボバというパステルカラーの珍色種がある。
このほか、日本では原名不詳の吹詰(ふきづめ)咲きと称し、雌雄ずいが弁化して種子がつかない真紅色のものがある。
[川畑寅三郎 2020年3月18日]
植付け期は9月下旬、肥沃(ひよく)な中性の深い土を好み、日当り、排水、風通しのよい所にする。寒さには強いが、極寒期は敷藁(しきわら)などするとよい。高温を嫌うが、早春だとビニル栽培もできる。6月、葉が黄変したら掘り上げ、日陰で乾燥貯蔵する。
[川畑寅三郎 2020年3月18日]
アネモネの名はギリシア語のアネモスAnemos(風)に由来するが、風に吹かれて飛び散る花びらや綿毛のある種子からの結び付きであろう。ギリシア神話では、アネモネは、美の女神アフロディテが愛したアドニスが、不慮の事故で死ぬときに流す血から誕生する。イギリスやドイツの俗信では、十字軍の史実が絡んで、キリストの血と置き換わる。つまり、第2回十字軍遠征(1147)のころ、イタリアのピサ大聖堂のウンベルト僧正が運ばせた聖地からの土の中にアネモネの球根が混じっており、その土を使った十字軍殉教者の墓地から見慣れない血のような赤い花が咲いたという。これを殉教者の血のよみがえりと信じ、アネモネは「奇跡の花」としてヨーロッパに広がっていった。
[湯浅浩史 2020年3月18日]
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…その美しさにうたれた女神アフロディテとペルセフォネが彼の争奪戦を演じたため,ゼウスの裁量で,彼は1年の4ヵ月をアフロディテと地上で,4ヵ月をペルセフォネと冥界で,残りは自分の好きなところで過ごすよう定められた。のち狩りの最中に猪に突き殺されたとき,その血潮からアネモネが,彼を悼むアフロディテの涙からバラが生じたという。アドニスの名はセム語で〈主〉の意。…
…アフロディテに関する神話の一つは〈アドニス神話〉で,メソポタミアの〈タンムズ神話〉の変形とみなされる。ここでは美少年アドニスをめぐってアフロディテおよびペルセフォネ(あるいはデメテル)が争い,結局2人が半年ずつアドニスと過ごすが,アドニスはイノシシによって殺され,その血からアネモネが咲き出たとされる。〈アドニス〉の名は西セム語のアドンAdon(〈わが主〉の意)から出たもので,またアネモネとのつながりは,春先に東地中海地方でアネモネがいっせいに開花するからとも,レバノン山脈から流れ出る川がこの時期に赤紅色に変色するからともいわれる。…
※「アネモネ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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