「洗う」は水で清める意で、転じて広く清める意に用いる(洗浄、洗心など)。「濯う」は汚れを洗い流す意で、洗よりも用途は狭く(濯足(たくそく)など)、「滌う」は洗いすすぐ意で、洗に似ているが用途はさらに狭い(滌洗(できせん)など)。以上の意味のほかに、素性を洗うなど隠れている事柄を調べただす意、冤(えん)(無実の罪)をそそぐ意、波が岸辺に寄せ返す意などがある。英語でもwashはwaterと同語根で洗いすすぐ意、cleanseには罪を清める意がある。
[落合 茂]
エジプト、メソポタミア、インダス、中国の諸文明がそれぞれ大河の流域からおこったように、河川は文明の母といわれて、人間社会の成立と発展に密接な関係があり、宗教では水の清浄化作用に象徴的意味をもたせている。原始宗教では病気、災害、犯罪なども等しく穢(けがれ)としてとらえられ、それらから免れるため水、火、煙、香料による清めが行われたが、もっとも一般的なのは水による清めであった。
古代エジプト人にとっては、上流から肥沃(ひよく)な沖積土をもたらすナイル川は神であり、清潔好きなエジプト人は沐浴(もくよく)を清浄の行為とし、健康と長寿の秘訣(ひけつ)としてナイルの流れに身を浸した。ガンジス川を神聖視するヒンドゥー教徒は、水浴すればすべてその罪から免れるとして、1日1回ガンジスの水に浴した。またヨルダン川における聖ヨハネによるキリストの洗礼から、洗礼はキリスト教入信の儀式となった。メソジスト教会の創始者ジョン・ウェスリーJohn Wesley(1703―1791)は「清潔は神に次ぐ」とさえいっている。
イスラム教徒が水に親しむのも、沐浴が罪穢(つみけがれ)からの解放にほかならないからである。聖典コーランには「清浄(タハーラ)は信仰のなかばをなす」という教祖ムハンマド(マホメット)のことばがある。タハーラは礼拝の前に穢を清めることで、小浄(ウドゥー)と大浄(グスル)に分かれ、前者は頭部、肘(ひじ)から下と膝(ひざ)から下の手足を清めること、後者は全身の水浴のことで、水のない場合には砂による小浄が許され、水の乏しい地方では空き缶1杯の水で巧みに手足を清めている。
[落合 茂]
神道の禊(みそぎ)は『古事記』によれば伊耶那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉(よみ)の国から帰って日向(ひゅうが)の橘(たちばな)の小門(おど)の阿波岐原(あわぎはら)で禊祓(みそぎはらい)をした故事を起源とする、罪穢を洗い清めて神に近づくための行事である。禊の場所は古語で「斎用水(ゆかわ)」とよばれ、海浜や海に通じる川の淵(ふち)、大河の枝川や池、湖の入り江が神聖な場として選ばれた。古代農耕社会ではそれが五穀豊穣を祈る行事につながり、『万葉集』の「春すぎて夏来るらし白たへの衣乾したり天の香具山(かぐやま)」は、香具山にこもって禊する処女の斎衣(おみごろも)の干してある情景を詠じたもの。また「玉久世の清き河原に身祓(みそぎ)して斎(いわ)ふ命は妹が為(ため)こそ」には、「洗い」が生活の一部となり、愛の証(あかし)でもあることを示している。こうして水の豊かな自然環境のなかでは、人々はおのずときれい好きとなって洗いにいそしみ、川や泉のほとりは洗い場ばかりでなく寄合い場ともなった。
入浴も江戸時代には「銭湯で不沙汰(ぶさた)の義理を流し合い」とか「女湯で世上のあかをこすり合い」と川柳(せんりゅう)にもあるように、銭湯は上下の差別のない裸の別天地で、庶民の安直なサロンであり、いのちの洗濯場であった。また、いまも残る正月望(もち)の日(陰暦15日)の洗い初めの風習は、水で洗い清める神迎えの作法の名残(なごり)であり、七夕(たなばた)の髪洗いの風習も、神迎えをする7月の行事の一つが、のちにこの日に髪を洗うと美人になる、この日に油ものを洗うとよく落ちると言い伝えられるようになったものである。
食物でも、単に汚れを落とすだけのためでなく、苦味や毒性の含まれているものを水にさらして食することもあり、また日本独特の料理の一つとして、コイやタイなどの生身を冷水で洗い、縮ませて食べる「洗い」がある。穀物から石や砂を分離するにも、砂金、ダイヤモンドの選鉱にも水洗いは欠かせなかった。せっけんが普及して清潔が健康のために重要視されるようになっても、洗うことの清めの意味は、形を変えて現代生活のなかに息づいているといってよい。
[落合 茂]
チリのピアノ奏者。少年時代チリ政府の援助を得てベルリンに留学、リストの直系マルティン・クラウゼに学ぶ。1927年ジュネーブ国際コンクールに優勝後、世界各地で活発な演奏活動を行う。1965年(昭和40)初来日。初めシューマン、リスト、ショパンなどロマン派の作品を得意にしていたが、第二次世界大戦後はベートーベン弾きとしても名を高めた。風格を感じさせる大家である。
[岩井宏之]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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