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アンタル物語 アンタルものがたりSīrat `Antar

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アンタル物語
アンタルものがたり
Sīrat `Antar

アラブ社会で愛好されてきた典型的騎士物語。語り物形式の大長編で,韻をふんだ流麗な散文を地とし,それに約1万首の詩が織込まれている。通行本は 32巻。6世紀のアラビア高原で戦いと詩と恋に生きたアンタラの事績を中心としているが,500年にわたるアラブ族の歴史を無数ともいうべき伝説を交えて多彩に伝えている。実在のアンタラはアラビア古来の多神教に生きた人であるが,物語のアンタルはイスラム精神の具現者であり,アラブ族とエチオピア人,ペルシア人,ビザンチン帝国人などとの争い,北アフリカやヨーロッパの一部の征服事業にも関係し,十字軍戦争の影響もかなり濃厚に現れている。アブス族の勇者シャッダードと黒人の女奴隷ザビーバとの間に生れたアンタルは幼年の頃から希代の勇力を示し,長じて叔父の娘アブラを恋し,妻に迎えようと申込む。叔父はアンタルにさまざまの難題を押しつけ,それらを果したならば娘を与えると約束する。アンタルは恋人を得るために次から次へと命をかけて孤独な旅を続け,強敵と戦ってはこれを倒していく。その舞台はアラビア高原から始ってイラク平原に,シリアに,さらにビザンチン帝国の都コンスタンチノープルから,フランク人の国々 (フランスなど) ,スペインへと広がる。アンタルはローマを救い,北アフリカに入りモロッコからエジプトにいたり,エチオピアから遠くインドにも入り,最後は奸智にたけた敵の毒矢に当って壮烈な死をとげる。この物語は「アンタル語り師」`anātiraと呼ばれる職業物語師を通じて昔からアラブ民衆に親しまれてきた。一般人のアラブの歴史についての理解は,これらを通じて養われていた時代が長かった。日本ではまだほとんど訳出されていない。

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百科事典マイペディアの解説

アンタル物語【アンタルものがたり】

アラブの英雄物語。作者は不明だが,11世紀には現在の形になっていたと考えられる。6世紀に実在した軍人で詩人のアンタラAntaraがモデルとされ,恋人アブラの父により課せられた難題を遂行するため,イスラム世界はもとより,ヨーロッパやアフリカにまで舞台を広げて冒険を繰り広げる。

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世界大百科事典 第2版の解説

アンタルものがたり【アンタル物語 Sīra ‘Antar】

アラブの英雄物語。時代は前イスラム期(ジャーヒリーヤ時代)から十字軍時代の11世紀までのおよそ600年間,30巻を超す長大な物語である。主人公は前イスラム期の英雄アンタラ‘Antaraに原型をとり,物語のなかではアルタルとして登場する。民話のタイプからすれば〈難題婿〉の類型に入ろう。主人公は腕力・詩才を備えてはいたが奴隷だったために卑しい境遇にあったが,敵部族の襲撃の際,武勇を発揮し,その功により自由民となり,恋人アブラに求婚する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アンタル物語
あんたるものがたり
Srat ‘Antar

アラブの民衆の間でもっとも人気のある長編のロマンス。バスラの学者アル・アスマイーal-Asma‘(828ころ没)が、カリフ、ハールーン・アッラシード(在位786~809)のとき、バグダードの宮廷で、この物語の主人公から直接に聞いた話を書き記したと称しているが、実際は、8世紀から12世紀前半ごろまでの間に、多くの作者の手を経て書き上げられたらしい。骨子は、6世紀にアラビア高原に実在した希代の勇士で優れた詩人でもあったアンタラ‘Antara ibn Shadddの事績であるが、時代も活動地域も大幅に広げ、潤色の限りを尽くしてある。実在のアンタラはアブス人のシャッダードと黒人の女奴隷との間に生まれ、奴隷として成長したが、軍功により自由の身分となった。父方の叔父の娘アブラに求婚したが、そのために多くの苦難を切り抜けなければならなかった。最後には目的を達したけれども、結局、タイイー人との戦いで死んだ。その詩の一つは名詩選『アル・ムアッラカート』に加えられたほどの詩才の持ち主でもあった。
 物語のほうは、イスラム時代に入ってからの500年間にわたるアラブ人およびイスラム世界の転変をも織り込み、約1万の詩をも含ませ、32巻に及ぶ長編となっている。文章も流麗で、民族の心のふるさとというべき内容である。ジャーヒリーヤ時代の古代アラブ人の生活や戦いや恋の物語、ペルシアの歴史や説話、ビザンティン帝国や十字軍との抗争談なども取り入れてある。第一次十字軍の主将の一人ゴドフロア・ド・ブイヨンもジュフラーンという名で登場し、アンタルの遺児の一人となっている。アンタルは仇敵(きゅうてき)ウィズルの毒矢に当たり、愛馬の背上で死を遂げるが、遺児たちはその仇(あだ)を討ち取り、そのなかのジュフラーンはヨーロッパに帰って行く。この物語を民衆に語る講釈師たちはアナーティラとよばれた。18世紀末からはヨーロッパにも知られたが、まだ全部の翻訳は現れてはいない。[前嶋信次]

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