翻訳|polytheism
宗教を崇拝対象の数によって分類するとき、複数の神々を同時に崇拝対象としている宗教形態がある。これを多神教とよぶ。日本の神道、インド、古代オリエント、古代ギリシア・ローマの宗教などがこれにあたる。部族社会やいわゆる未開社会では、諸霊力、精霊、獣神、祖霊などが崇(あが)められる多霊信仰の傾向が強いが、多神教はこの多霊信仰を底辺に温存していることが少なくない。これらの霊的存在がおのおの個性を備えた人格的存在として崇拝の対象になるとき、多神教が成立する。
歴史的にみると、おのおの守護神をいただく部族や、初期都市国家の間に、政治的、経済的交渉が盛んになるにつれて、元来他の部族や都市の神であったものが受容され、複数の神々が同時に崇拝される場合が少なくない。あるいは一有力部族の長が近隣諸部族を征服、統合することによって、新たな政治的秩序社会(王制など)が登場し、それに伴って神々の世界も再編成されることがある。そして王権の性格と範囲、祭司階級の組織化や社会各層の分化の度合いなどの社会的要因および自然の要因によって、神々の機能分担の範囲、格差が定められてパンテオンpantheon(万神廟)が成立し、それにまつわる神話、儀礼体系も整備される。多神教に特有なパンテオンは、こうして主神の下に自然・文化諸現象を機能的に分担する神々が階層的に統合されることによって成立するのである。そこにはその社会の構造や秩序がなんらかに投影されている。
なお、多くの神々のなかでとくに主要三神がトリオを形成する例が少なくない。エジプトのオシリス、イシス、ホルス(父、母、子)、古代バビロニアのアヌ、エンリル、エア(天、空、地)などがそうである。さらに印欧語族には元来、祭祀(さいし)、軍事、豊饒(ほうじょう)の三機能神体系があったという意見もあり、この三機能神体系が日本の天照大神(あまてらすおおみかみ)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)、大国主命(おおくにぬしのみこと)の三神にも反映していると考える学者もいる。
多神教的世界を背景としながら、そのうちの一神が集中的に崇拝される場合があり、これを単一神教henotheismとよび、この一神が随時交替する場合は交替一神教kathenotheismとよぶ。しかし多神教からかならずしも直線的に一神教monotheismに進化するわけではない。一神教の成立には、それなりの根源と啓示、宗教闘争、神学的反省といった種々の過程が考えられる。
[月本昭男]
『岸本英夫編『世界の宗教』(1965・大明堂)』▽『G・ファン・デル・レーウ著、田丸徳善・大竹みよ子訳『宗教現象学入門』(1979・東京大学出版会)』
複数の神々を同時に崇拝する宗教をいい,一神教と対比される。万物に精霊が宿るとするアニミズムも一種の多神教といえるが,一般には,自然現象の人格化や人間生活の投影によってさまざまな個性や形姿を付与された神々に対する信仰をいう。一神教が砂漠の宗教であるのに対して多神教は農耕社会に多くみられ,配偶神や親子神のように地上的・現世的な性格を多分にもっている。日本の記紀神話にあらわれる八百万神(やおよろずのかみ)の世界も多神教の一種であるが,その神々は古代ギリシアの宗教やインドのヒンドゥー教における多神教とは異なって,肉体的な特徴や個性をもたず,目にみえない存在であった。また日本の神話には世界を創造する造化の神や自然神が登場するが,その多くは祖先神(または氏神)であって,山や森などのある特定の場所に鎮(しず)まり,個性や機能を強くは主張しない存在とされてきた。だがその神々も,のちに仏教の影響をうけて具象的な姿で表現されるようになり,個性的な機能神や流行神が生みだされた。
→一神教
執筆者:山折 哲雄
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さまざまな種類や機能の神々の体系。これら神々はそれぞれ雨,風,鍛冶(かじ)など特定の自然現象や職能を代表し,その上に至高神が主宰しているのがふつう。多神教は主として古代文明諸国において発達し,地上の人間社会の階層に対応する神々の階層秩序をつくる。神々は人格神として考えられているのがふつうである。
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… その第1は,世界の諸宗教を多神か一神かによって整理しようとする考え方である。すなわち,主として古代国家の宗教にみられる多神教polytheism(ギリシア,ローマ,エジプト,日本),多神のうち時に応じて特定の一神を重要視する単一神教henotheismや交替神教kathenotheism(古代インドのベーダ宗教),ただ一柱の神のみを絶対視する一神教monotheism(ユダヤ教,キリスト教,イスラム教),そしていっさいの存在物に神的なものの内在を想定する汎神教(論)pantheism(仏教)という分類がそれである。その第2は,神を人格的(形態的)存在と非人格的(非形態的)存在との2種に分ける考え方である。…
…自然的景観の荒涼たる砂漠では,地上から超絶する天上の神が祈願の対象とされたからである。この砂漠の一神教は農耕社会に基盤を有する多神教と対比されるが,しかし歴史的には農耕文化との接触によって偶像崇拝や多神教的な要素をとり入れていった。たとえばカトリック教会やギリシア正教会がそうである。…
…また神話学者はそれを自然神とか擬人神といった枠組で分類し,宗教人類学者は死霊や精霊や祖霊,あるいはマナのような呪力と神々との相互連関の問題をとりあげた。そのほか一神教と多神教の両極をたてて,その中間領域にさまざまな神観念の変化型を指摘する宗教学者もいれば,神観念の発達にも進化と退化があったとする社会学者もいた。また農耕社会や狩猟社会と神観念との対応というテーマを追求したり,聖性と神性という枠組によって神の輪郭を明らかにしようとするなどの立場があった。…
※「多神教」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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