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イエニチェリ イエニチェリ 〈トルコ〉yeniçeri

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デジタル大辞泉の解説

イエニチェリ(〈トルコ〉yeniçeri)

《新しい兵士の意》オスマン帝国の常備歩兵親衛軍団。ヨーロッパ被征服地のキリスト教徒の子弟を徴用し、改宗・訓練して編成したもの。14~16世紀の征服戦争に武功をたて、帝国の領土的発展に大きく貢献したが、のちに軍規を乱して軍閥化し、1826年に廃止された。

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世界大百科事典 第2版の解説

イエニチェリ【yeniçeri】

オスマン帝国における常備歩兵とその軍団。トルコ語で〈新しい兵士〉を意味する。軍団の創設に関して定説はないが,14世紀後半,とくにアドリアノープル(現,エディルネ)征服(1360ころ)直後のことと推定されている。1354年以後オスマン朝バルカン領土が拡大すると,新たな戦力の補給とバルカン諸民族の同化政策とを兼ねてこの軍団が創設された。最初,戦争捕虜の1/5が戦利品として国庫に属したことから,これをトルコ人の家庭に預けてトルコ語とムスリムとしての生活習慣とを身につけさせた後,軍団員として登録した。

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世界大百科事典内のイエニチェリの言及

【イスタンブール】より

…イスラムの諸学問を修め,ペルシア文学や芸術を身につけた彼らは,〈オスマン紳士(オスマンルOsmanlı)〉を自負する知的エリートでもあった。一方,デウシルメによって徴用された子どもたちの大多数はイエニチェリやシパーフsipah(近衛騎兵)となったが,とくに前者は,その創設以来神秘主義教団ベクターシュと深い関係をもち,また兵営前の〈肉の広場Et Meydanı〉に料理用の大なべを持ち出すことによってスルタンに対する不満の意思表示をする慣行を通じて,政治的に大きな発言力を獲得した。また,イスタンブールの治安維持はこの軍団の主要な任務の一つであった。…

【軍楽隊】より

…11~13世紀にトルコと戦った十字軍によってもたらされた情報で,各種の打楽器・管楽器を多用するトルコ軍楽への関心が高まり,従来のドラム隊に横笛を加えた〈鼓笛隊〉が設置されたり,クラリネットの前身となったシャルマイが使用されるといった動きが見られる。 1521年に始まるオスマン帝国のヨーロッパ侵攻によって,ヨーロッパ諸国はトルコの〈イエニチェリ〉軍団に席巻され,その軍楽隊〈メヘテルハーネmehterhane〉とその演奏に強烈な印象を受けた。ことにウィーンは1529年と1683年の2回,トルコ軍に包囲され,直接メヘテルハーネを耳にした。…

【デウシルメ】より

オスマン帝国政府が支配下のキリスト教徒,具体的にはアルバニア,ギリシア,ブルガリア,セルビア,ボスニア,ヘルツェゴビナ,さらにはハンガリー方面のキリスト教徒農民の男童・少年を対象として,〈カヌーヌ・デウシルメ〉と称する特定の法規に基づき,所定の手続をふんで,定期的に一定人数の徴用を行う制度。徴用目的は将来オスマン王家に専従・奉仕する宮廷使用人や,吏僚ないしイエニチェリ軍団の要員を補充するための必要措置であった。デウシルメは頻度の差こそあれ15世紀以後,約2世紀半継続実施された。…

【ベクターシュ教団】より

…開祖ハーッジー・ベクターシュḤājjī Bektāsh(?‐1337ころ)は一説では12世紀にホラーサーンからアナトリアに到来したが,教団の組織化は15世紀初めから1世紀間にわたって進められた。15世紀後半にはイエニチェリ軍団と結合し,その教育と戦場への従軍において排他的な特権を維持した。1826年マフムト2世のイエニチェリ掃滅に伴い同教団も弾圧を被ったが,再び勢力を回復し,近代民衆文学運動の一翼を担った。…

【マムルーク】より

… マムルーク朝はアイユーブ朝時代に編制されたマムルーク軍団によって樹立された王朝であるが,この王朝の崩壊後も,マムルーク軍人は在地の支配者として19世紀初頭に至るまでエジプト・シリアの実権を保持し続けた。イランのサファビー朝では軍事力強化のためにグルジア人マムルークが採用され,またオスマン帝国でも18世紀初頭に至るまでは奴隷兵としてのカプクル軍団,とりわけ,キリスト教徒の子弟を徴募して編制したイエニチェリ軍が,ヨーロッパやアラブ世界の征服に大きな役割を演じた。 少年のマムルークの中には将来の出世を見込んで自ら身を売る者があり,奴隷商人の手を経てバグダードやカイロに運ばれると,そこでアラビア語やイスラムについての教育と弓や馬術などの軍事訓練を受けた後,奴隷身分から解放されてスルタンのマムルーク軍団に編入された。…

※「イエニチェリ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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