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イチジク Ficus carica; fig

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イチジク
Ficus carica; fig

クワ科の落葉高木で西アジアの原産といわれる。湿った場所を好み,高さ 5mにもなる。幹は灰褐色でよく分枝し,葉は大型で掌状に裂け,厚く粗毛がある。茎,葉ともに傷つけると白い乳液が出る。花は独特で,いわゆる隠頭 (イチジク) 花序をなし,これは壺形に肥大した花序の軸の内側に多数の雌性の小花を密集したものである。花はこの壺の中で開き,単為結実すると花序全体が肥大して,いわゆるイチジクの実となる。このように開花状態が外部から認められないため,無花果の名がある。通常は初夏に,葉腋に小さな花序が生じて葉陰で生育し夏の終りから秋に熟するが,そのあと秋から生じる実 (秋実) もある。しかし低温にあうと未熟のまま落果する。イチジクの栽培の歴史はきわめて古く,旧約聖書にもみられる。中国でも唐の時代にはすでに栽培され,日本には江戸時代に伝来した。生食するほかジャムや干しいちじくとする。

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栄養・生化学辞典の解説

イチジク

 [Ficus carica].イラクサ目クワ科イチジク属の落葉中高木で,果実を食用にする.

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食の医学館の解説

イチジク

《栄養と働き》


 イチジクの名は、1日に1個ずつ熟す「一熟」に由来するといわれています。また、花が外から見えないまま実がなるので、「無花果」とも記されます。
 イチジクは古くから利用され、『旧約聖書』にアダムとイブがイチジクの葉で腰を隠したと記されるほど。人類初の服としてはともかく、薬用としての歴史は古く、『旧約聖書』に「干しイチジクひとかたまりをもってきて、それを腫物(はれもの)につけなさい。そうすれば治るでしょう」とあるほか、古代ローマ時代の書物にも「イチジクには体力を回復させる力がある」と書かれています。また、中国で明朝時代に出版された『本草綱目(ほんぞうこうもく)』でも、イチジクは5種の痔(じ)を治すとあります。
○栄養成分としての働き
 イチジクには食物繊維ペクチンのほか、少量ですがビタミンB1・B2・C、カルシウム、鉄分などが含まれています。ペクチンが腸の活動を活性化し、便秘(べんぴ)解消に効きます。また、痔には果実を食べても効果がありますが、葉を煎(せん)じて座浴するとめざましい効果があります。
〈イチジクに含まれるベンズアルデヒドは抗がん作用が顕著〉
 イチジクが腫瘍(しゅよう)に効くとの民間療法を科学的に解明したのが、日本の科学者です。イチジクからベンズアルデヒドという活性成分を抽出し、これをがん患者に投与したところ、半数以上に改善がみられました。
 また、イチジクには炎症を抑える作用があることが知られていますが、たんぱく質の消化を助ける酵素も含まれています。これにより胃弱や消化不良、慢性胃炎、潰瘍(かいよう)、黄疸(おうだん)のほか、のどの痛みや声がれに効くと考えられています。
○漢方的な働き
 痔や便秘の解消には、1日に熟した実を2~3個食べるといいでしょう。のどの痛みや声がれには、実15gほどを水で煎(せん)じ、はちみつを加えたものを飲むと有効です。胃弱や消化不良など消化器官の不調には、乾燥イチジクを細かく切って炒(い)ったもの大さじ1に、はちみつ小さじ1を加え、お湯を入れて飲みます。
 イチジクの葉や茎からでる白い液には、フィシンというたんぱく質分解酵素が含まれています。そのため日本でも、いぼとりや虫刺されの薬として、この汁を古くから利用しています。

《調理のポイント》


 イチジクには夏果と秋果がありますが、いずれにしても生の果実が出回るのは盛夏から秋にかけてです。赤褐色に色づき、頭が適度に割れたのが食べごろです。未熟な実は効用がないばかりか、胃を荒らすので注意してください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イチジク
いちじく / 無花果
fig
[学]Ficus carica L.

クワ科の落葉小高木。樹高3~4メートル。葉は互生し、有柄で3~7裂する掌状、肉厚く表面はざらつく。枝や葉を切ると白い乳液を出す。葉腋(ようえき)に、花托(かたく)が壺(つぼ)状に肥大し内壁に多数の白色小花を密生したいちじく花序をつける。花序は倒卵形で、外部からは花がみえず、果実のようにみえるので、イチジクに無花果の字があてられている。果実の成熟する時期が年に2回あり、前年に着生した幼果が越冬して7月ごろ熟したものを夏果、新梢(しんしょう)に着生し、その年の8~10月に熟したものを秋果という。果実を食用にするため栽培される。
 原産地は、今日でも多数の野生樹のあるアラビア南部と考えられる。栽培の歴史は古く、紀元前三千年紀のシュメール王朝時代に始まり、エジプトでは第12王朝時代の刻画にブドウとともに記録され、前2000年初期になるとアッシリア人の間でよく知られていた。ほどなく栽培は小アジアから地中海沿岸地方に行き渡った。種名のcaricaは小アジアの古い地方Cariaに由来する。ホメロスの『イリアス』と『オデュッセイア』には数回にわたって記されている。中国への伝来は唐代になってからで、新大陸へは、西インドへ1520年、フロリダへは1575年ころに伝わり、今日の大産地カリフォルニアへの導入の成功は1769年である。日本へは寛永(かんえい)年間(1624~1644)にポルトガル人により蓬莱柿(ほうらいし)の名で伝えられ、今日の在来種となった。名の由来は『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』に「俗に唐柿(からがき)という。一月にして熟すゆえに一熟(いちじゅく)と名づく」によるという。

品種

イチジクは雌性雌雄同株(雌花をつける系統と、雄花と雄花または中性花などをつける系統とが存在する)の植物で、園芸上4系に大別される。カプリ系は同一花托上に雄花、雌花、虫(ちゅうえいか)をつける。虫花の花柱は雌花の花柱より短いので、ブラストファガBlastophaga grossorum(イチジクコバチ)が柱頭から産卵管を伸ばすと胚珠(はいしゅ)に達して産卵することができる。虫花の中で育ったブラストファガが羽化して外へ出るときに雄花の花粉を運び出す。ブラストファガの寄生を受けた果実は食用にはならない。スミルナ系は雌花だけを着生し、カプリ系に寄生するブラストファガの花粉媒助を受けて初めて結実する。これをカプリフィケーションという。ミッション系(普通系)は雌花と中性花を着生するが、単為結実性があり受粉がなくても結実する。サンペドロ系は夏果は単為結実性があるが、秋果の発育には受粉を要する。
 栽培は乾燥温暖地が適し、今日ではスペイン、イタリア、トルコ、アメリカのカリフォルニアが主産地となっている。世界の全生産高は生果で150万トン、このうち20万トンが乾果用とされる。日本では大阪、広島、兵庫、愛知、神奈川などで栽培されるが、ブラストファガ不在のため、栽培はミッション系か夏果を目的としたサンペドロ系に限られる。品種としては果実が卵円形で赤紫色に熟す蓬莱柿、果実が長卵形で大きく紫紅色に熟すマスイドーフィン(桝井ドーフィン)、皮が薄く黄緑色に熟すホワイトゼノアなどが知られる。繁殖は挿木で容易にできる。

食品

生食のほか、高い糖度を利用し乾果や加工品にする。とくにジャムへの加工は多い。皮をはぎ、少量の水とともに煮沸し十分軟化させ、果肉重量の約7割の砂糖を2、3回に分けて加えながら煮詰める。この間に原料果の0.2~0.3%のクエン酸か酒石酸を加え、透明で適当の粘度に仕上げる。このほか、プレザーブ、シロップ漬けにもする。また、イチジクワインやイチジクブランデーなどにも利用する。なお、乾果の製造は天日乾燥が多い。乾果や干した茎葉を煎(せん)じて駆虫、緩下剤(かんげざい)としても利用する。[飯塚宗夫]

文化史

聖書には、アダムとイブが禁断の実を食べて裸身に羞恥(しゅうち)を抱き、イチジクの葉をつづって腰に巻いたという「創世記」(3章7節)の説話以外にも数多くイチジクが登場し(アメリカの聖書研究者モルデンケによると少なくとも57か所)、禁断の実もイチジクだとする説がある。イチジクは地中海沿岸から、西はカナリア諸島、東はシリアに至る地域に自生するが、古くから食用にされていたらしく、パレスチナでは紀元前から重要な食物であった。伝説などとの結び付きが強く、ローマの始祖ロムルスとレムスの揺り籠(かご)は、ローマに流れ着いたおりイチジクの根にひっかかって止まったとされる。[湯浅浩史]

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