イチジク(その他表記)fig
Ficus carica L.

改訂新版 世界大百科事典 「イチジク」の意味・わかりやすい解説

イチジク (無花果)
fig
Ficus carica L.

おそらく栽培果樹としては世界で最古の歴史を有するクワ科落葉樹。トウガキ,ナンバンガキともいう。無花果と書くのは,花が見あたらないままに果実ができることによる。原産地は小アジアまたはアラビア南部とされ,前2000年ころからイスラエルはじめ地中海沿岸地方に広く栽培された。アメリカへは16世紀末に入り,日本へは17世紀前半に長崎に入った。果実とよばれるものは,植物学的には卵球形に湾入した花托と,その内面に密生する多数の小果(花)から成る。雌花が受精した場合は小果にごま粒状の種子をもつが,日本のイチジクの多くは受精せずに熟するもので胚をもたない。新枝に花芽が発達し,年内に熟するものを秋果,越冬して翌夏に熟するものを夏果とよぶ。花の種類と受粉の必要の有無で次の4種(品種群)に分類される。(1)カプリ種 野生の送粉種。(2)スミルナ種 小アジアで古くから乾果用に利用されている重要品種群で,結果にはカプリ種の受粉を必要とする。(3)普通種 日本の蓬萊柿(ほうらいし)やセレスト,マスイドーフィン,ブラウンターキーなど。果肉は紅か紫色をおびる。(4)サンペドロ種 ビオレドーフィン,サンペドロホワイトなどこはく色果肉の優秀品種。

 挿木苗を温暖で保水力ありかつ過湿にならない所,土壌が中性から微アルカリ性の所に植えるのが最適。カミキリムシ類,疫病,炭疽(たんそ)病に注意する。樹形はモモの仕立て方に準じる。生食のほか乾果,凍果,ペースト,ジャム,プレザーブ,シロップ漬缶詰などに加工される。枝,葉,果実の切口から分泌する乳液にフィシンとよぶタンパク質分解酵素があり,痔の塗布薬にもなる。
執筆者:

イチジクは花が花托の内部に閉じ込められた特異な形態をしているため,花粉の媒介はイチジクコバチBlastophaga psenesによってのみ行われる。イチジクコバチは膜翅(まくし)目イチジクコバチ科の小型のハチで,体長1.8mm。雌は黒色で翅があるが,雄は翅がなく,褐色。イチジクの野生型の一つであるカプリ種に寄生して生活する。カプリ種のイチジクの果囊の内部には,雌花(花柱が短い)と雄花があり,コバチは花柱の先から産卵管を差し込み雌花に産卵する。コバチの幼虫は子房の内部を食べて発育する。寄生された子房は肥大して虫こぶ状となる。雄花の花粉は成虫が羽化する時期に成熟するので,雌成虫が外部に脱出するとき,体に花粉が付着する。そして別の若い果囊に入って産卵するさい,雌花に受粉させる。受粉された雌花は,同時に産卵もされているため虫こぶになってしまう。一方スミルナ種のイチジクの果囊の内部には雌花(花柱が長い)しかないため,この花を受粉させるには近くにカプリ種を植え,この果囊から出てきたコバチがスミルナ種の果囊にも入って受粉させるようにしなければならない。なお,スミルナ種の雌花は花柱が長く,花柱の先端から差し込まれたコバチの産卵管は子房まで届かないため,コバチは寄生できない。カプリ種,スミルナ種はもと野生状態で生活していたイチジクという種の雄株,雌株に相当すると見ることができる。日本では気候の関係でこのコバチは生活できないので,受粉に関係なく成熟できるイチジクの品種が栽培されている。

 イチジク属Ficusの植物は熱帯を中心に900種近くが知られている。各種にはそれぞれ種類の異なるイチジクコバチ類がいて,花粉を媒介している。そのやり方には,イチジクと同じように雄株と雌株があるもの(雌雄異株,イヌビワイヌビワコバチはその例)と,すべての株が同じ型の果囊をつける雌雄同株のものとがある。雌雄同株のアコウでは,果囊の内部には雄花のほかに,長花柱,短花柱の2種類の雌花があり,コバチが受粉・産卵することにより,長花柱花では種子が,短花柱花では虫こぶができ,種子と虫こぶがほぼ同数となる。
執筆者:

地上の楽園(エデン)において,アダムとイブは知恵の木の実を食したために,裸であることに気づいて恥じ,イチジクの葉で腰を隠した(《創世記》3:7)。それゆえ,知恵の木は初期キリスト教時代から,しばしばイチジクの木によって表現された(のちにしだいにリンゴの木が多く用いられるようになる)。また,原罪とのかかわりによって,欲望の象徴ともされる。実のならぬイチジクの木(《マタイによる福音書》21:19)は不毛を意味し,ときにユダヤ教会(シナゴーグ)やユダヤ人を暗示する。中世末期以降,キリストの〈受難〉図中にしばしばこの植物が表されるが,これは,〈キリストの十字架が救済という実をつけるように,イチジクも自然に果実をみのらせる〉ゆえに,救済を象徴すると思われる。あるいは逆に,これを死を暗示する枯れたイチジクとみなす考えもある。聖母の傍らのイチジクは,聖母が新しいイブ(原罪を犯すイブに対して,それをあがなうキリストを生む女という意味)であることを示唆している。この実は数多くの種をもつので,豊穣のシンボルとされる。
執筆者:


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日本大百科全書(ニッポニカ) 「イチジク」の意味・わかりやすい解説

イチジク
いちじく / 無花果
fig
[学] Ficus carica L.

クワ科(APG分類:クワ科)の落葉小高木。樹高3~4メートル。葉は互生し、有柄で3~7裂する掌状、肉厚く表面はざらつく。枝や葉を切ると白い乳液を出す。葉腋(ようえき)に、花托(かたく)が壺(つぼ)状に肥大し内壁に多数の白色小花を密生したいちじく花序をつける。花序は倒卵形で、外部からは花がみえず、果実のようにみえるので、イチジクに無花果の字があてられている。果実の成熟する時期が年に2回あり、前年に着生した幼果が越冬して7月ごろ熟したものを夏果、新梢(しんしょう)に着生し、その年の8~10月に熟したものを秋果という。果実を食用にするため栽培される。

 原産地は、今日でも多数の野生樹のあるアラビア南部と考えられる。栽培の歴史は古く、紀元前三千年紀のシュメール王朝時代に始まり、エジプトでは第12王朝時代の刻画にブドウとともに記録され、前2000年初期になるとアッシリア人の間でよく知られていた。ほどなく栽培は小アジアから地中海沿岸地方に行き渡った。種名のcaricaは小アジアの古い地方Cariaに由来する。ホメロスの『イリアス』と『オデュッセイア』には数回にわたって記されている。中国への伝来は唐代になってからで、新大陸へは、西インドへ1520年、フロリダへは1575年ころに伝わり、今日の大産地カリフォルニアへの導入の成功は1769年である。日本へは寛永(かんえい)年間(1624~1644)にポルトガル人により蓬莱柿(ほうらいし)の名で伝えられ、今日の在来種となった。名の由来は『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』に「俗に唐柿(からがき)という。一月にして熟すゆえに一熟(いちじゅく)と名づく」によるという。

[飯塚宗夫 2019年12月13日]

品種

イチジクは雌性雌雄同株(雌花をつける系統と、雄花と雄花または中性花などをつける系統とが存在する)の植物で、園芸上4系に大別される。カプリ系は同一花托上に雄花、雌花、虫癭花(ちゅうえいか)をつける。虫癭花の花柱は雌花の花柱より短いので、ブラストファガBlastophaga grossorum(イチジクコバチ)が柱頭から産卵管を伸ばすと胚珠(はいしゅ)に達して産卵することができる。虫癭花の中で育ったブラストファガが羽化して外へ出るときに雄花の花粉を運び出す。ブラストファガの寄生を受けた果実は食用にはならない。スミルナ系は雌花だけを着生し、カプリ系に寄生するブラストファガの花粉媒助を受けて初めて結実する。これをカプリフィケーションという。ミッション系(普通系)は雌花と中性花を着生するが、単為結実性があり受粉がなくても結実する。サンペドロ系は夏果は単為結実性があるが、秋果の発育には受粉を要する。

 栽培は乾燥温暖地が適し、今日ではトルコ、エジプト、アルジェリア、イラン、モロッコ、シリア、アメリカのカリフォルニアなどが主産地となっている。世界の全生産高は105万トン(2016)である。日本では愛知、和歌山、兵庫、大阪、福岡などで栽培されるが、ブラストファガ不在のため、栽培はミッション系か夏果を目的としたサンペドロ系に限られる。品種としては果実が卵円形で赤紫色に熟す蓬莱柿、果実が長卵形で大きく紫紅色に熟すマスイドーフィン(桝井ドーフィン)、皮が薄く黄緑色に熟すホワイトゼノアなどが知られる。繁殖は挿木で容易にできる。

[飯塚宗夫 2019年12月13日]

食品

生食のほか、高い糖度を利用し乾果や加工品にする。とくにジャムへの加工は多い。皮をはぎ、少量の水とともに煮沸し十分軟化させ、果肉重量の約7割の砂糖を2、3回に分けて加えながら煮詰める。この間に原料果の0.2~0.3%のクエン酸か酒石酸を加え、透明で適当の粘度に仕上げる。このほか、プレザーブ、シロップ漬けにもする。また、イチジクワインやイチジクブランデーなどにも利用する。なお、乾果の製造は天日乾燥が多い。乾果や干した茎葉を煎(せん)じて駆虫、緩下剤(かんげざい)としても利用する。

[飯塚宗夫 2019年12月13日]

文化史

聖書には、アダムとイブが禁断の実を食べて裸身に羞恥(しゅうち)を抱き、イチジクの葉をつづって腰に巻いたという「創世記」(3章7節)の説話以外にも数多くイチジクが登場し(アメリカの聖書研究者モルデンケによると少なくとも57か所)、禁断の実もイチジクだとする説がある。イチジクは地中海沿岸から、西はカナリア諸島、東はシリアに至る地域に自生するが、古くから食用にされていたらしく、パレスチナでは紀元前から重要な食物であった。伝説などとの結び付きが強く、ローマの始祖ロムルスとレムスの揺り籠(かご)は、ローマに流れ着いたおりイチジクの根にひっかかって止まったとされる。

[湯浅浩史 2019年12月13日]


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食の医学館 「イチジク」の解説

イチジク

《栄養と働き》


 イチジクの名は、1日に1個ずつ熟す「一熟」に由来するといわれています。また、花が外から見えないまま実がなるので、「無花果」とも記されます。
 イチジクは古くから利用され、『旧約聖書』にアダムとイブがイチジクの葉で腰を隠したと記されるほど。人類初の服としてはともかく、薬用としての歴史は古く、『旧約聖書』に「干しイチジクひとかたまりをもってきて、それを腫物(はれもの)につけなさい。そうすれば治るでしょう」とあるほか、古代ローマ時代の書物にも「イチジクには体力を回復させる力がある」と書かれています。また、中国で明朝時代に出版された『本草綱目(ほんぞうこうもく)』でも、イチジクは5種の痔(じ)を治すとあります。
○栄養成分としての働き
 イチジクには食物繊維ペクチンのほか、少量ですがビタミンB1・B2・C、カルシウム、鉄分などが含まれています。ペクチンが腸の活動を活性化し、便秘(べんぴ)解消に効きます。また、痔には果実を食べても効果がありますが、葉を煎(せん)じて座浴するとめざましい効果があります。
〈イチジクに含まれるベンズアルデヒドは抗がん作用が顕著〉
 イチジクが腫瘍(しゅよう)に効くとの民間療法を科学的に解明したのが、日本の科学者です。イチジクからベンズアルデヒドという活性成分を抽出し、これをがん患者に投与したところ、半数以上に改善がみられました。
 また、イチジクには炎症を抑える作用があることが知られていますが、たんぱく質の消化を助ける酵素も含まれています。これにより胃弱や消化不良、慢性胃炎、潰瘍(かいよう)、黄疸(おうだん)のほか、のどの痛みや声がれに効くと考えられています。
○漢方的な働き
 痔や便秘の解消には、1日に熟した実を2~3個食べるといいでしょう。のどの痛みや声がれには、実15gほどを水で煎(せん)じ、はちみつを加えたものを飲むと有効です。胃弱や消化不良など消化器官の不調には、乾燥イチジクを細かく切って炒(い)ったもの大さじ1に、はちみつ小さじ1を加え、お湯を入れて飲みます。
 イチジクの葉や茎からでる白い液には、フィシンというたんぱく質分解酵素が含まれています。そのため日本でも、いぼとりや虫刺されの薬として、この汁を古くから利用しています。

《調理のポイント》


 イチジクには夏果と秋果がありますが、いずれにしても生の果実が出回るのは盛夏から秋にかけてです。赤褐色に色づき、頭が適度に割れたのが食べごろです。未熟な実は効用がないばかりか、胃を荒らすので注意してください。

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百科事典マイペディア 「イチジク」の意味・わかりやすい解説

イチジク(無花果)【イチジク】

西アジア原産の,クワ科の落葉小高木。前2000年ごろから地中海沿岸地方で栽培され,日本には江戸時代に入り,その後も多数の品種が輸入された。枝や葉などに乳管があり,傷つけると白い乳液を出す。葉の形や大きさは品種によりさまざまだが,ふつう卵円形で長さ20〜30cm,3〜7片に裂け,かたい毛があってざらつく。花は花托内壁に着生し外から見えない。果実(花托の肥厚したもの)は卵球形で,その年の9月に,あるいは幼果のまま越冬して翌年7月に成熟する。前者を秋果,後者を夏果という。ともに甘く,生食または煮て食べるほか,ジャム,缶詰とする。繁殖はおもにさし木による。イチジク属の植物はそれぞれ種類の異なるイチジクコバチが寄生し,花粉を媒介している。ただし日本に入っているイチジクは,ほとんどが受粉しなくても熟すタイプである。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イチジク」の意味・わかりやすい解説

イチジク
Ficus carica; fig

クワ科の落葉高木で西アジアの原産といわれる。湿った場所を好み,高さ 5mにもなる。幹は灰褐色でよく分枝し,葉は大型で掌状に裂け,厚く粗毛がある。茎,葉ともに傷つけると白い乳液が出る。花は独特で,いわゆる隠頭 (イチジク) 花序をなし,これは壺形に肥大した花序の軸の内側に多数の雌性の小花を密集したものである。花はこの壺の中で開き,単為結実すると花序全体が肥大して,いわゆるイチジクの実となる。このように開花状態が外部から認められないため,無花果の名がある。通常は初夏に,葉腋に小さな花序が生じて葉陰で生育し夏の終りから秋に熟するが,そのあと秋から生じる実 (秋実) もある。しかし低温にあうと未熟のまま落果する。イチジクの栽培の歴史はきわめて古く,旧約聖書にもみられる。中国でも唐の時代にはすでに栽培され,日本には江戸時代に伝来した。生食するほかジャムや干しいちじくとする。

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栄養・生化学辞典 「イチジク」の解説

イチジク

 [Ficus carica].イラクサ目クワ科イチジク属の落葉中高木で,果実を食用にする.

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世界大百科事典(旧版)内のイチジクの言及

【アダム】より

…ここでは誘惑者たる悪魔は原則として蛇で描かれるが,中世末期には女性の頭をもつ蛇あるいはトカゲ,ルネサンス美術では角をもった牧神も登場する。知恵の木の実は,ビザンティン美術およびイタリアではイチジクかオレンジ,フランスではリンゴ,ブドウ栽培の盛んな地方ではブドウとして描かれている。そして楽園追放の場面として,〈イチジクの葉で身体を隠すアダムとイブ〉〈楽園追放〉〈労働に従うアダムとイブ〉が続き,例外的に息子カインとアベルの物語中に登場する場合がある。…

【木】より

…アッシリア人も聖なる力と宇宙の再生力の象徴としての聖樹の信仰をもち,前2000年ころから多くの芸術的表現をもつ。このほか,ゴール人はオーク,ゲルマン人はボダイジュ,イスラム教徒はオリーブ,インド人はバニヤンと呼ばれるイチジク,シベリアに住む原住民族はカラマツを,それぞれ聖なる木として崇拝した。これらの木はすべて世界の軸として,天と地が結ばれる場所,神性の通り道となる。…

【有毒植物】より

…花の美しいプリムラ類による皮膚炎の原因は,葉の腺毛に含まれるプリミンによるものである。パパイア,パイナップル,イチジクなどの乳液によるかぶれは,タンパク質分解酵素による刺激のためとされている。変わった作用物質としては,クワ科のイチジク,セリ科のセロリ,パセリ,ミカン科のライム,レモン,ベルガモットなどに含まれるフロクマリン類が過食や皮膚への付着によって紫外線に対する光過敏症をおこし,火傷のような症状を示すことが知られている。…

※「イチジク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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