ホメロスの作とされる古代ギリシアの英雄叙事詩。全編1万5693行、24巻に分かれるが、この巻別は後世(前3世紀ごろ)に由来する。制作の年代は紀元前8世紀の中ごろとするのが通説である。題名は「イリオスの歌」の意で、イリオスはトロヤの別称である。10年にわたるトロヤ攻防戦も終末に近いころの、約50日間のできごとを扱っているが、その中心主題は冒頭に歌われているように「アキレウスの怒り」である。総帥アガメムノンが妾(めかけ)としている捕虜の女クリセイスは、アポロンの神官の娘であるが、その返還を拒んだことからアポロンの怒りを招き、疫病が蔓延(まんえん)する。その対策をめぐってアガメムノンとアキレウスとの間に争いが起こり、アキレウスは侮辱を被ったのを怒り、戦場にたつのを拒む。アキレウスの母なる海のニンフ、テティスはゼウスにすがってわが子の名誉回復を嘆願し、ゼウスはアキレウス再起の花道を設けるために、戦局をギリシア軍に不利になるように計らう。アガメムノンも我(が)を折って和解を申し入れるが、アキレウスはそれを拒む(巻9)。戦況は破局的になり、アキレウスの親友パトロクロスは見かねて、アキレウスの武具を借りて勇戦するが、トロヤ方の総帥ヘクトルに討たれる(巻16)。ここにおいてアキレウスも親友の仇(あだ)を報ずるために決起し、ヘクトルを一騎打ちで倒す(巻22)。アキレウスの怒りはなおも収まらず、ヘクトルの死骸(しがい)を辱め続けるが、神々のとりなしにより、トロヤの老王プリアモスが、夜陰にアキレウスの陣営を訪れ、息子の遺体を収容して城へ帰り、葬儀を営むところで全編が終わる(巻24)。
ギリシア方ではアキレウス、トロヤ方ではヘクトルがもっとも重要な人物で、物語もこの2人を中心にして進行するが、そのほかアガメムノン、メネラオス、オデュッセウス、ディオメデスらの諸将もそれぞれの特性を発揮して活躍し、さらにヘレネ、アンドロマケ、ブリセイスらの女性も彩りを添える。とくに名場面ともいうべき箇所を二、三あげると、メネラオスとパリスの一騎打ちを、ヘレネとプリアモスが城壁上から観望する場面(巻3)、ヘクトルとその妻アンドロマケの別れ(巻6)、プリアモスがヘクトルの遺骸を引き取るくだり(巻24)など。『オデュッセイア』とともに、ギリシア最大最古の古典として、後世までギリシア人全体の精神生活の糧となったばかりでなく、ヨーロッパ、ひいては世界の古典としてその影響は偉大なものがある。
[松平千秋]
『呉茂一訳『イーリアス』全3冊(岩波文庫)』▽『藤縄謙三著『ホメロスの世界』(1965・至誠堂)』
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ホメロスの作とされるギリシア最初の文学作品。六脚韻を用い,24歌に分けられる長大な英雄叙事詩。ミケーネ時代から長い伝承の過程をへて前8世紀頃にほぼ現在の形にまとめられた。ギリシア人のトロヤ攻撃中に起こった出来事に題材をとり,アキレウスがアガメムノンと争って怒り,出陣をこばむが,トロヤの英雄ヘクトルに友が殺されるや出陣してヘクトルを殺す。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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