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ウェブスター Webster, Sir Charles Kingsley

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウェブスター
Webster, Sir Charles Kingsley

[生]1864.4.25. リバプール
[没]1961.8.21. ロンドン
イギリスの歴史家。専門は 19世紀イギリス外交史。 1932年からロンドン大学教鞭をとる。現実の外交政策にも参画。 44年ダンバートン=オークス会議に出席。

ウェブスター
Webster, Daniel

[生]1782.1.18. ニューハンプシャー,ソールズベリー
[没]1852.10.24. マサチューセッツ,マーシュフィールド
アメリカの法律家。東北部の代表的連邦派政治家。アメリカ=イギリス戦争 (1812) に反対して平和的解決を主張,1812年連邦下院に当選,政界に入る。 16年第二合衆国銀行設立のため活躍したが,最初の保護関税法 (16) については,彼の地盤ニューイングランドでは,製造業者より貿易業者の利害のほうが大きく,政治的立場を不利にすることなどから反対。 27年マサチューセッツ州から連邦上院に選出される。 28年の「唾棄すべき関税法」と呼ばれる保護関税には,北部の工業が発展してきたことから賛成にまわった。雄弁家で,30年の R.ヘインとの討論は有名。そのなかで,連邦は州に優先し,「自由と連邦は現在もそしてこれからも永久に1つの切り離せないものである」と述べている。 34年 H.クレーら反ジャクソン勢力とともにホイッグ党を結成。 41年国務長官。 42年ウェブスター=アシュバートン条約締結ののち,43年辞任。再び連邦上院議員 (45~50) ,国務長官 (50~52) をつとめ,奴隷制廃止を主張。しかし廃止による連邦分裂には強く反対し,奴隷制をめぐって南北が激しく対立するに従い,政治の場から姿を消した。

ウェブスター
Webster, Jean

[生]1876.7.24. ニューヨーク,フリドニア
[没]1916.6.11. ニューヨーク
アメリカの女流児童文学者。トウェーンは彼女の大叔父にあたる。代表作は書簡体の小説『あしながおじさん』 Daddy-Long-Legs (1912) とその続編『なつかしい敵さん』 Dear Enemy (15) 。

ウェブスター
Webster, John

[生]1580頃.ロンドン
[没]1634頃.ロンドン
イギリスの劇作家。仕立屋の子に生れた。伝記的資料に乏しいが,最初は興行師ヘンズローに雇われ,戯曲を共作していたらしい。現在では彼の単独作と認められる戯曲は3編しか残っていないが,その声価は2編の悲劇,『白魔』 The White Devil (1612) と『モルフィ公爵夫人』 The Duchess of Malfi (14) によっている。いずれもイタリアの実話に取材したもので,凄惨な流血悲劇であるが,全編をおおう暗い死の影とペシミスティックな人生観を豊富な形象や象徴によって描いたもので,ジェームズ朝 (03~25) の代表的悲劇と評されている。ほかに悲喜劇『悪魔の訴訟』 The Devil's Law-Case (17頃) がある。

ウェブスター
Webster, Noah

[生]1758.10.16. コネティカットウェストハートフォード
[没]1843.5.28. コネティカット,ニューヘーブン
アメリカの辞典編集者。エール大学卒業後『英語文法提要』A Grammatical Institute of the English Language (1783~85) を出版。この第1部である『アメリカ綴り字教科書』 The American Spelling Book (83) は1億部も売れたという。その後新聞や雑誌の発行者,弁護士などを経て『英語簡約辞典』 Compendious Dictionary of the English Language (1806) を出版,のちこれを改訂増補した『アメリカ英語辞典』 An American Dictionary of the English Language (28) を出した。

ウェブスター
Webster

アメリカ合衆国,マサチューセッツ州南部,コネティカット州との州境近くにある町。 18世紀初めに入植が始る。地名は政治家の D.ウェブスターにちなむ。 1811年繊維工場が建設され,19世紀中頃,北のウースターと南のノーウィッチ間に鉄道が開通したため,繊維工業が一層発達した。現在も繊維と靴の製造が主産業。人口1万 6196 (1990) 。

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デジタル大辞泉の解説

ウェブスター(Jean Webster)

[1876~1916]米国の女流小説家。児童小説「あしながおじさん」など。

ウェブスター(John Webster)

[1580ころ~1625ころ]英国劇作家。作「白魔」「モルフィ公爵夫人」など。

ウェブスター(Noah Webster)

[1758~1843]米国の辞書編修者。1828年、英語辞典「An American Dictionary of the English Language」を刊行。のちのウェブスター辞典のもととなった。

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百科事典マイペディアの解説

ウェブスター

米国の政治家。雄弁家として知られ,ニューイングランドの利益の代弁者として上院で活躍。国務長官(1841年―1843年)を務め,晩年は上院の重鎮として南北の妥協による連邦維持に努力した。
→関連項目ホイッグ党

ウェブスター

英国の劇作家。幾つか喜劇を共作したが,その生涯の細部は不明。今日残る単独作は悲劇《白魔》(1609年―1612年)および《モールフィ公爵夫人》(1614年)。

ウェブスター

米国の辞典編集者,法律家ジャーナリスト。米国独自の最初の英語教科書を出版,後半生は辞典編集にささげ,約7万語を収める英語辞典を1828年出版,米国における以後の辞典編集に大きな影響を与えた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ウェブスター【Daniel Webster】

1782‐1852
アメリカの政治家。ニューハンプシャー州生れ。当初ニューイングランドの海運業者の立場から自由貿易を唱え,フェデラリスト党の連邦下院議員となる。法律家としてダートマス大学事件などで活躍後,ニューイングランドにおける産業資本の発達を背景に熱烈な保護関税論者として上院議員(1827‐41)をつとめる。州権論者ロバート・Y.ヘインとの論争(1830)をはじめ,連邦主義を代表する雄弁家として有名。1830年代にはホイッグ党に加わり,党指導者の一人となった。

ウェブスター【John Webster】

1580?‐1634?
イギリスの劇作家。他の多くの劇作家と共作したことは知られているが,その生涯の細部は明らかでない。当時流行した〈人物類型素描集〉の一つに執筆したものを除いて,単独作として今日に残っているものは,2編の流血悲劇と1編の悲喜劇のみである。悲劇《白魔》(1609‐12)は,何ものによっても阻まれない激しい愛欲と強靱な意志の持主である淫婦ビットリアが,愛人ブラキアーノを教唆してその妻イザベラと自己の夫を殺させ,裁判の場でも悪びれることなく無実の主張を貫き通してブラキアーノとの生活を続けるが,ついにイザベラの兄たちによって復讐される,というセンセーショナルな筋をしくんでおり,虚無的なヒロインの悪の巨大さと,脇人物たちの大半を占めるマキアベリ的悪党たちのからみ合いが,印象的である。

ウェブスター【Noah Webster】

1758‐1843
アメリカの辞書編集者,教科書著作者,法律家,ジャーナリスト。コネティカット州ハートフォードの生れ。イェール大学学生時代,独立戦争に自らも参戦。その体験が,政治的独立とあわせて,言語もイギリスから独立すべきであるという彼の精神の基盤となった。この理念にそって,アメリカ独自の教科書,辞書を公にしている。1783年に綴字・文法・読本の3部からなる教科書を出版し,綴字法の簡易化と愛国的内容で,ほとんどのアメリカの学校で採用された。

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大辞林 第三版の解説

ウェブスター【Webster】

〔Jean W.〕 (1876~1916) アメリカの女流児童文学者。代表作「足ながおじさん」
〔John W.〕 (1580?~1634?) イギリスのエリザベス朝期の代表的悲劇作家。代表作「白魔」「モルフィ公爵夫人」
〔Noah W.〕 (1758~1843) アメリカの辞書編纂へんさん者。1828年「ウェブスター大辞典」を刊行。

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世界大百科事典内のウェブスターの言及

【ホイッティア】より

…熱心なクエーカー教徒であり,10代ですでに詩を発表していたが,奴隷制廃止を支持する立場から新聞や雑誌の編集に従事,詩や論説を書くことにも励んだ。とくにD.ウェブスターの変節を弾劾する詩《イカボッド》(1850)は有名。しかし南北戦争後はむしろ故郷の自然や神への敬愛の思いを歌うようになり,なかでも《雪ごもり》(1866)は代表作で,ニューイングランドの雪景色を背景に,質朴で温かい農民の家庭が懐かしくもの悲しく描き出されている。…

【イギリス文学】より

…ハムレット,マクベス,リア王,フォールスタッフなど,強烈な存在感のある人物を数多く造った点でも,彼の右に出るものはいない。
[屈折と終息]
 シェークスピアの同時代人には,〈気質喜劇〉と呼ばれる卓抜な風刺劇の作者ベン・ジョンソンがいたが,ほかにも,《白魔》《モールフィ公爵夫人》のJ.ウェブスター,《復讐者の悲劇》のC.ターナー,《あわれ彼女は娼婦》のJ.フォードなど,すぐれた才能がひしめいていた。加虐,嗜虐,近親相姦といった屈折し倒錯した主題を,マニエリスム的な手法で劇化した彼らの作品には,ルネサンス末期の魂の苦悩と,痛ましい抵抗の身もだえが満ちている。…

【エリザベス時代】より

…初期の歴史劇から晩年のロマンス劇にいたるその複雑な作家的展開の過程において,言語・舞台芸術としての演劇のあらゆる可能性が試され,開花させられていると言って過言ではない。彼と同時代またはその後の劇作家には,風刺喜劇の型を確立したベン・ジョンソン,ロンドンの民情を背景にメロドラマを多作したトマス・デッカー,高揚された詩的表現を用いて迫力に富む流血悲劇を作り上げたジョン・ウェブスター,冷徹皮肉な人間性の観察者トマス・ミドルトン,純化された情念の輝きを耽美的に追求したジョン・フォードなどがいる。彼らの作品は移り変わる観客の嗜好と人気の波にもまれつつ,時に10に及ぶ数の劇場で上演され続けたが,ピューリタン革命勃発後の1642年にロンドン中の劇場が閉鎖されることになって,エリザベス朝演劇はその幕を閉じた。…

【モールフィ公爵夫人】より

…イギリスの劇作家J.ウェブスター作の悲劇。1614年初演。…

【アメリカ英語】より

…これらの現象からRPとは別の音韻体系を立てるべきである。(2)綴字 今日のアメリカ綴りは辞書の編さん者として著名なノア・ウェブスターに負うところが多い。彼は,語尾の‐ourを‐orに(favor),‐reを‐erに(center),‐ll‐を‐l‐に(traveler),gaolをjailにするなど,英語の綴りをより簡単で規則的なものとした。…

【辞書】より

…編者は,奇しくもイギリスのジョンソン博士と同姓同名のサミュエル・ジョンソンという学校教師であった。その後18世紀末から19世紀初にかけて,アメリカに特有の語や語義に多少とも注意を払った英語辞典が数種刊行されたが,ジョンソン博士のものに匹敵する本格的辞典は,すでに綴字教本等で声名の高かったN.ウェブスター編《アメリカ英語辞典》2巻(1828)である。収録語数約7万,アメリカ特有の語や語義・用法を収め,用例もアメリカ人の著作から多数引用し,合理的な綴字法を採用するなど,アメリカにおける英語辞典の先駆となった。…

【正書法】より

…(3)権威のある規範が辞書の形になっていること。イギリスでは,S.ジョンソンの辞書(《英語辞典The Dictionary of the English Language》1755)が,ドイツでは,ドゥーデンの辞書(《大ドゥーデンDer grosse Duden:Rechtschreibung der deutschen Sprache und der Fremdwörter》1934)が,アメリカでは,N.ウェブスターの辞書(《ウェブスター新国際英語辞典Webster’s New International Dictionary of American Language》第2版,1934)がつづり字統一の権威ある規範となった。 正書法の理想は,音と字との間に1対1の対応関係があることであるが,現実の正書法ではこの対応関係がくずれているのが普通である。…

※「ウェブスター」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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