翻訳|American
イギリスとイギリス連邦諸国で用いられる英語に対し,アメリカ合衆国で用いられる英語を指す。
四つの時期に区分できる。(1)第1期 植民地時代。1607年バージニアに,20年マサチューセッツに,その後60年ころまでに北米北東部(ニューイングランド)に移住した人々は,おもにイングランド出身であり,次いで18世紀初頭にかけて,イングランド各地のほか,ウェールズや北アイルランド(スコットランド系)から英語国民の移住者が相次いだので,この間オランダ,ドイツ,フランスからの移住者も加わったが,英語が新世界の共通語となった。(2)第2期 独立から南北戦争まで。大西洋岸の13の植民地が連邦憲法を批准した1790年には約400万の英語話者がいたが,19世紀半ばには大量の移住者が主としてアイルランドとドイツから流入し,またアフリカの黒人も労働力として移住させられた。この時期は植民地英語から脱却したアメリカ英語の形成期と見ることができる。しかし,第1,2期とも,あらたまった書きことばや文学の言語は,依然としてイギリスの英語を規範としていた。話しことばもアメリカ語をイギリスの“標準”英語に対する非標準的地域方言と見なす傾向が強かった。(3)第3期 南北戦争後から第2次大戦まで。スカンジナビア,スラブ諸国,イタリア等からの大量の移住者が流入し,さらにフロンティアが太平洋岸に達すると,アジアからも移住者が加わり,スペイン系住民やインディアンをも吸収して,アメリカ合衆国は巨大な多民族国家となった。移住者の子・孫は急速にアメリカ社会に同化され,英語を母語とするにいたる。まだイギリスの英語を範とする姿勢は根強く残るが,アメリカの口語を用いた文学作品も現れ始めた。(4)第4期 第2次大戦中および戦後。アメリカ合衆国の国際的な地位の上昇は,アメリカ英語の地位の上昇につながり,イギリス英語と完全に肩を並べるにいたる。
歴史が新しいこと,住民の地理的移動が盛んなこと,多民族の間の意思疎通に共通語が必要なことなどから,アメリカ英語には旧世界ほどの地域方言分化はない。従来は,(1)ニューイングランドの東部方言,(2)バージニア州から南西一帯,テキサス州東部にわたる南部方言,(3)それ以外の広大な地域に話される一般アメリカ英語General American(略称GA)に三大別されてきたが,近年言語地理学の研究が進んだ結果,より詳細な方言分類が試みられている。分類規準は主として発音である。上の三大別を最小限度修正するならば,さらに(4)ニューヨーク市方言,(5)南部山地方言を加えることができよう。後者は(2)の南部方言地域の中で,バージニア,ノース・カロライナ,ケンタッキーとテネシーの大部分にわたる地域の方言だが,この地方にはペンシルベニアからの移住者が多く,その影響でGAに近い特色をもつ。これらの方言は,イギリスからの初期の移住者の出身地の方言を原型とし,時代的変遷と各種要素の付加により形成されたと言えよう。ニューイングランドにはイングランド南部および南東部からの移住者が多かったので,イギリス南部英語に基づく標準発音Received Pronunciation(略称RP)に共通する特徴を示す。GAの原型になったのはイングランドの北部方言,北アイルランドから来たスコットランド方言で,その話者の多くがフロンティアを西方に推し進める役割を担ったので,これを原型とする方言が広い地域に広まった。
ここでは主としてGAについて述べる。(1)発音 RPでは発音されない母音の後のrがたいていの方言で反舌音的に発音され,母音間でもRPのような弾音[]でなく反舌音であること,hot,codなどの母音に円唇がないこと,アメリカ英語の話者や専門家の多くは母音の長短の区別を問題にしないこと,RPで[a:]と発音される[f,st,θ,ns,mp]等の前のaを[æ]と発音すること,母音間のt,dを有声の弾音に発音すること,dictionaryなどの末尾から2番目の音節に第2強勢をおくこと(RPではしばしばこの位置で母音を落として[-ṇri]と発音する),第1強勢の位置の相違(アメリカ英語detáil,áddress,résearchなど),イントネーションの相違,イントネーションの高低の幅が概してRPより狭く,単調に聞こえること,声の高低について発声の習慣の相違(概してRPの方が高い)などが観察される。これらの現象からRPとは別の音韻体系を立てるべきである。(2)綴字 今日のアメリカ綴りは辞書の編さん者として著名なノア・ウェブスターに負うところが多い。彼は,語尾の-ourを-orに(favor),-reを-erに(center),-ll-を-l-に(traveler),gaolをjailにするなど,英語の綴りをより簡単で規則的なものとした。(3)語彙 17世紀以降英米それぞれの社会,経済,慣習の変遷,新世界特有の事物,原住民や多様な移民の言語や文化との接触により,英米の語彙にはかなりの相違が生じた。くだけた言いまわしやスラングの多用はアメリカ英語の大きな特徴である。(4)文法,語法 基本的には英米間に文法上の相違はない。所有を表すhaveの疑問文,否定文に作用語のdoを用いることぐらいが,初学者にもすぐ気のつく違いであろう。慣用表現や語法にはある程度の差はあるが,容易に克服し得るものである。
英語が最初に新世界に渡った時代の発音,語形,語義などが17世紀以来イギリスでは変化したり廃れたのに対して,アメリカでは保たれている場合がある。たとえば上記[f,st,θ]などの前のaの[æ]の発音,母音の後のrを発音することなどは,イギリスでは18世紀末までに廃れた。getの過去分詞形gotten,〈病気の〉の意味のsick,I thinkの意味のI guessなども古形の保存である。しかし英米の英語はそれぞれの標準的ないし代表的な方言に異なる特徴を示すとはいうものの,共通するところは相違点より圧倒的に多い。
→英語
執筆者:大束 百合子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…独特なユーモアと毒舌をまじえた偶像破壊の批評は多くの読者を獲得し,とくに評論集《偏見録》6集(1919‐27)は若い世代の聖典とみなされた。その他,アメリカ語の独立を宣言した《アメリカ英語》(1919,以後改訂3回,補巻2)のほか,3巻の自伝がある。【桂田 重利】。…
…1781年にジョン・ウィザスプーンが〈アメリカ英語〉の意味で用いたのがこの言葉の最初とされ,現在までその意味を保ってきているが,1797年,T.ジェファソンは合衆国の愛国主義の意味でこれを用い,世間的にはこの用法がひろまっている。 新世界に植民地を建設したピューリタンは,ヨーロッパを腐敗の地,アメリカを真のキリスト教の世界たるべき地と見なした。…
※「アメリカ英語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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