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エカチェリンブルグ

百科事典マイペディアの解説

エカチェリンブルグ

ロシア共和国ウラル地方中部の同名州の州都。エカテリンブルクとも。ウラル山脈中部の東斜面に位置し,ウラル地方の工業・文化の中心地で交通の要衝。1721年に冶金工場と要塞が設けられ,エカチェリナ1世にちなんでエカチェリンブルグと名づけられたが,1924年に革命家スベルドロフを記念してスベルドロフスクSverdlovskと改称,1991年旧称に復した。
→関連項目ロシア

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世界大百科事典 第2版の解説

エカチェリンブルグ【Ekaterinburg】

ロシア連邦,シベリア最西部のスベルドロフスク州の州都。人口137万1000(1992)。ウラル山脈中部の東斜面に位置し,ウラル地方の工業・文化の中心地で交通の要衝。1723年に冶金工場と要塞が設けられ,エカチェリナ1世にちなんで名づけられたが,1924年に革命家スベルドロフを記念してスベルドロフスクと改称。91年現名に改称。革命後,廃帝ニコライ2世が家族とともに1918年7月,この地で銃殺された。現在,機械工業化学工業が盛んで,またロシア連邦科学アカデミー・ウラル支部のほか高等教育機関,劇場,博物館など多数がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

エカチェリンブルグ
えかちぇりんぶるぐ
Екатеринбург Ekaterinburg

ロシア連邦中部、スベルドロフスク州の州都。ウラル山脈の東斜面、イセチ川河畔に位置する大都市で、ウラルの工業、文化、交通の中心地。人口127万2900(1999)。1723年に鉄冶金(やきん)工場が建設されたのを起源とし、地理的位置に恵まれたことから、中部ウラルの鉱業を監督する鉱山局が置かれ、商業も発展した。1801年には人口1万を数え、ウラル第一の人口数であった。18世紀後半に金属加工の中心地となり、1878年の鉄道開通もあってさらに人口は増加したが、大発展はロシア革命後のことである。第二次世界大戦前の五か年計画で「ウラルマシ」「ウラルエレクトロチャジマシ」などの機械製作の大工場がつくられ、第二次世界大戦中も西部からの疎開工場が多数立地し、工業は著しく発展した。その中心は機械工業であり、製鉄、化学工業用設備、タービン、ベアリングなどを生産している。鉄鋼、化学(プラスチック、ゴム)工業も発展し、ほかに製靴、じゅうたん、亜麻(あま)加工、食品(食肉、菓子)、プレハブ住宅建設工業など各種の工業がある。
 ウラルの教育と文化の中心地として、総合大学をはじめ、電気機械、鉄道技術、交通、農業、法科、医科、建築、鉱山、林業、国民経済、教育などの単科大学がある。また、各種劇場、大規模な地質博物館、交響楽団があり、新聞社、ラジオ、テレビ局もある。市域の50%は森林と農地からなる緑地で、住民1人当りの緑地面積は100平方メートルを超える。近郊の衛星都市と大都市圏を形成し、交通の中心として、市から7本の鉄道、4本のハイウェーが放射状に走り、二つの空港がある。ロシア最後の皇帝ニコライ2世とその家族が幽閉、殺害された所として知られている。1924年まで、ロシアの女帝エカチェリーナにちなみ、エカチェリンブルグと称したが、革命家スベルドロフを記念してスベルドロフスクに改称され、91年12月のソ連崩壊に伴い、ふたたび旧名に復した。[中村泰三・小俣利男]

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