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エテリア

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百科事典マイペディアの解説

エテリア

ギリシアの自由と解放と独立をめざした秘密結社で,1814年ロシアオデッサで結成された。正称はギリシア語フィリキ・エテリア(友人協会の意)。オスマン帝国支配のもとで移住したギリシア人の最大の集住地がオデッサで,この結社はフランス革命後の自由主義民族主義の風潮に刺激され,地中海・黒海沿岸・ギリシアに拡大。
→関連項目カポディストリアスギリシア

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世界大百科事典 第2版の解説

エテリア【Etaireía】

1814年南ロシアのオデッサで設立されたギリシア人の秘密結社の通称。正式名称は友人協会Philikí Etaireía(またはEtaireía ton phílikon)。ギリシア語でエテリアは協会,結社を意味する普通名詞であるため,当初,近代ギリシア解放思想の父とされるリガスが18世紀末にウィーンで設立した結社と同一視されたこともあるが,両者に組織的な継承関係はない。オスマン帝国が衰退しはじめる17世紀後半からバルカンキリスト教徒の国外移住が著しく,19世紀初めにはとくにロシアへの移住者がふえ,オデッサがその最大のコロニーになった。

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世界大百科事典内のエテリアの言及

【ギリシア】より

…74年のキュチュク・カイナルジャ条約でロシアがオスマン帝国領内のギリシア正教徒に対する保護権を獲得してからは,ロシアへの期待が高まった。このような状況で1814年に,リガスの解放思想に影響された秘密結社エテリアが南ロシアのオデッサで結成されたのは自然ななりゆきであったといえよう。21年のエテリアのバルカン解放をめざす蜂起は,ファナリオット出身のイプシランディスが指導部を牛耳り,また期待したロシア皇帝の援助も得られず,ルーマニア農民の反乱軍とも不和が生じたためにワラキアでオスマン軍に撃破されることになるが,そのときすでにギリシア本土でも解放戦争が始まっていた(ギリシア解放戦争)。…

【ブラディミレスク】より

…この地方に発達していたパンドゥリ(自衛のための農民兵)組織に入り,1806‐12年の露土戦争にはパンドゥリの義軍兵を率いてロシア軍に編入され,オスマン軍との戦いで功績をあげた。14年オデッサで設立され,反オスマン蜂起を準備していたギリシア人の秘密結社エテリアと接触を保ち,21年1月ブカレストを出発してオルテニアへ向かい,そこで蜂起宣言を発表したが,パンドゥリをはじめ数千の農民がこれに加わった。2月,モルドバに入ったエテリア軍がオスマン軍に対する出撃を躊躇する間に,彼の農民軍はブカレスト郊外のコトロチェニに宿営した。…

※「エテリア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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