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オソルノ Osorno

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オソルノ
Osorno

チリ中南部の都市。バルディビアの南約 90km,太平洋岸から約 50km内陸にあり,ダマス川とラウエ川の合流点に位置する。 1553年スペイン人によって建設されたが,先住民であるインディオアラウカノ族との戦争により,しばしば破壊された。 1796年再建され,19世紀なかば以降ドイツ系の移住者の入植により次第に発展。 1895年にはサンチアゴプエルトモントを結ぶチリ縦貫鉄道が市を通って開通し,地理的な孤立状態から脱した。現在周辺の農牧林業地帯の商工業中心地で,酪農,製粉,食肉加工,ビール,製材,木材加工などの工業が立地する。東のアンデス山麓に広がるチリ湖沼地帯への観光基地としてもにぎわう。道路の分岐点で,東に延びる道路は国境を越えてアルゼンチンのサンカルロスデバリロチェ方面へ通じる。人口 11万 7444 (1992推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

オソルノ(Osorno)

チリ南部、ロスラゴス州の都市。プエルトモントの北約100キロメートルに位置する。16世紀半ばに建設。先住民の襲撃を受けて破壊されたが、18世紀末に再建。ドイツ系移民が多く居住する。周辺では小麦を産し、農牧業および林業が盛ん。

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世界大百科事典 第2版の解説

オソルノ【Osorno】

チリ南部,ロスラゴス地域にある都市で,人口12万3055(1995)。南部の農牧業,林業の中心地の一つ。入植は1553年に開始されたが,本格的農牧業の開発は1850年代のドイツ人の移民が入ってからで,今日でもドイツ系の住民が多い。95年,首都とプエルト・モントを結ぶ鉄道の開通でさらに発展した。森と湖とオソルノ火山(2660m)をはじめとする火山群からなる南部の観光地への基地でもある。【細野 昭雄】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オソルノ
おそるの
Osorno

南アメリカ、チリ南部の第10地域にある都市。人口14万2554(2002国勢調査速報値)。1553年にスペインの植民基地として建設されたが、先住民の襲撃により破壊され、1796年に再建された。その後、19世紀なかば以来ドイツからの移民の定住により、小麦などの温帯農産物生産と牧畜が発展した。南アメリカのスイスといわれる湖沼と火山の地帯にあり、この地域の観光の中心地でもある。[細野昭雄]

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