コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

オルメルト オルメルト Olmert, Ehud

2件 の用語解説(オルメルトの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オルメルト
オルメルト
Olmert, Ehud

[生]1945.9.30. イギリスパレスチナ,ビンヤミナ近郊
イスラエルの政治家。首相(在任 2006~09)。両親はイスラエル建国のために闘った地下軍事組織イルグン・ツバイ・レウミの活動家だった。1950年代半ばから 1960年代初めにかけて,父のモルデカイはイスラエル国会(クネセト)でリクードの前身である右翼政党ヘルートの議員だった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オルメルト
おるめると
Ehud Olmert
(1945― )

イスラエルの政治家。2006年1月、当時の首相アリエル・シャロン脳卒中で重体となったため、同首相が結成した中道政党カディマの後継指導者となる。2006年3月の総選挙で同党が第1党になり、5月に第12代イスラエル首相に就任した。首相就任後は、同年夏に起きたレバノンイスラム教シーア派組織ヒズボッラーとの戦闘で、対応が不適切だったと与野党から非難を受けた。2008年に汚職疑惑により辞表を提出し、2009年3月ネタニヤフ政権の発足に伴い退任した。
 イスラエル建国前のイギリス委任統治領パレスチナで生まれる。第一次世界大戦後にソ連から中国のハルビンを経由してパレスチナに移住したユダヤ人の家系。父モルデハイは青少年期をハルビンで過ごし、オルメルトの回想によると「臨終の床で発したのも中国語だった」という。
 エルサレムのヘブライ大学卒業(専攻は法学など)。在学中から、右派政党リクードの前身である「へルート」の青年組織に所属し、1973年、28歳の若さでクネセト(国会)議員となった。保健相などを務めた後、1993年のエルサレム市長選で、28年間市長を務めた現職のテディ・コレックを破り、建国後初めて、エルサレム市政の右派支配を実現した。2003年にふたたびクネセト議員となり、リクード党のシャロン首相のもとで産業貿易相、副首相を務める。ユダヤ人入植地の撤去を決めたシャロン首相にリクード右派が反発し、同首相が2005年11月、リクードを離党して中道新党のカディマを結成した際は、行動をともにした。なお、1973年の第四次中東戦争の際も軍機関誌の特派員としてシャロンの率いる師団に従軍し、起居をともにしている。[宮明 敬]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

オルメルトの関連キーワードイギリス領西アフリカ民族会議イギリス領ホンジュラスイギリス巻イギリス領インドシナイギリス領インド洋領土イギリス領北アメリカ法イギリス領ソマリランドイギリス領中央アフリカイギリス領マラヤイギリス鞍 (English saddle)

オルメルトの関連情報