翻訳|catastrophe
カタストロフィー理論はカタストロフ理論ともいい,不連続現象を扱う数学的な理論である。1960年代にフランスのトムRené Thomは,微分位相幾何学の一分野である特異点の理論を深く研究し,この理論が数学以外の科学の分野,とくに生物の形態形成に応用できるのではないかとのアイデアを得た。トムはイギリスの生物学者ウォディントンC.H.Waddingtonらと協力してこの理論を発展させ,《構造安定性と形態形成Stabilité structurelle et morphogénèse》(1972)を著して,カタストロフィー理論を発表した。70年代よりイギリスのジーマンE.C.Zeemanは,トムのアイデアをいろいろな現象に応用し,トムと並びカタストロフィー理論の開拓者となっている。
カタストロフィー現象は,次のジーマンのカタストロフィー機械と呼ばれるシステムによって実験することができる。ゴムバンドを2個とり,これを伸ばさずに線分状にたたんだときの長さを1として,図1のように半径1の円板(ボール紙で作る)を点Aを中心として自由に回転できるように平面に固定し,この円周上に小穴をあけて二つのゴムバンドのそれぞれの一端を固定し,その一つのゴムバンドの他端を図の点Bに固定した画鋲にかけ,他のゴムバンドの他端Pを手でもって平面上を自由に動かす。点Pは自由に動かしうるので,このシステムのコントロール点といい,点Pの動く平面をコントロール平面という。コントロール点が平面上のある点に固定されると円板はある位置にとまる。この位置はこのシステムの状態であり,図1のような角θ(-180°≦θ≦180°)で示される。一般にPが連続的に変わるとき角θも連続的に変わるが,Pが平面上のある特定な点を通るときは角θは正から負または逆に負から正へと不連続的に変わる。この不連続変化がカタストロフィーであり,カタストロフィーが起こる点をプロットすると,図1のような凹ダイヤモンド形となる。こうした図形をカタストロフィー集合という。ジーマンのカタストロフィー機械は,コントロール点が平面上にあるのでその点の座標である2個の実数で定まり,コントロールが2個のシステムである。そして,コントロール点Pが与えられたとき,これに対応するシステムの状態は図1のように角θで示されるが,この角はPを固定したまま円板をいろいろな角の位置に動かしたときの2個のゴムバンドの弾性エネルギーで示されるこのシステムのポテンシャルが極小となるような角である。コントロールの点Pが与えられたときの状態θを点Pを通ってコントロール平面に垂直な直線上に目盛れば,図2のような曲面Mができる。いま,コントロール平面上を線分PQに沿ってコントロール点を動かすとき,状態の変化はこの線分上に乗った曲面上の連結でない曲線 1, 2 で示される。つまり点Rを通過するときに状態は 1の角から 2の角へとジャンプし,ここでカタストロフィーが起こるのである。
カタストロフィー理論はジーマンの機械のようなシステムに起こりうるカタストロフィーを決定する理論である。すなわち,いまここに外部から与えうる量であるコントロールの個数がk個(k≦4)であるシステムが与えられたとし,このシステムでは,コントロールが与えられたとき,これに対応する状態は,このシステムに与えられている固有のポテンシャルを極小にするような状態であるとする。こうしたシステムにおいて起こりうるカタストロフィーは初等カタストロフィーと呼ばれる次の七つのタイプのどれか一つであることを主張するのが,トムの分類定理であり,カタストロフィー理論の中心をなしている。(1)折り目(k=1),(2)くさび(k=2),(3)ツバメの尾(k=3),(4)チョウ(k=4),(5)双曲的へそ(k=3),(6)楕円的へそ(k=3),(7)放物的へそ(k=4),ジーマンの機械の場合はk=2であり,カタストロフィー集合の尖点Kの近所でくさびのタイプが現れている。
カタストロフィー理論は相転移現象,光のコースティックス,材料の座屈,流体の衝撃波,電気回路の発振現象などの自然科学へ応用されるほか,ジーマンらによって動物の闘争,人間の行動,戦争の勃発と休戦,株式市場の暴落,刑務所の暴動などの人文科学の分野へも広く応用されている。こうした人文科学の分野はこれまで数学がほとんど用いられなかった分野なので,その応用はおおいに期待されている。
執筆者:野口 広
ものごとの破局,大詰め,大団円のこと。原義ギリシア語のkatastrophēは〈下にくつがえす〉という動詞に由来し,転倒や破滅を意味する。演劇用語としてよく使われ,ことに悲劇において,事態の推移や主人公の運命が決定的な破局を迎えて結末にいたることをさす。喜劇の葛藤がほどけるめでたい大詰めには〈ハッピー・エンドhappy-ending〉の語があり,いわば一対をなしている。いずれも劇技巧の問題としてクライマックスと結びつけて論じられてきた。だが何ごとにせよ平たんで順調な進行を不連続な事件が生じて乱すとき,破局はいつでも起こりうる。演劇や小説など明確な結末をもつ虚構の世界以外でも,たとえば経済恐慌などカタストロフィー現象は数多く指摘される。
執筆者:細井 雄介
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…ものごとの破局,大詰め,大団円のこと。原義ギリシア語のkatastrophēは〈下にくつがえす〉という動詞に由来し,転倒や破滅を意味する。演劇用語としてよく使われ,ことに悲劇において,事態の推移や主人公の運命が決定的な破局を迎えて結末にいたることをさす。喜劇の葛藤がほどけるめでたい大詰めには〈ハッピー・エンドhappy‐ending〉の語があり,いわば一対をなしている。いずれも劇技巧の問題としてクライマックスと結びつけて論じられてきた。…
※「カタストロフィー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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