古代インドの性愛の文献。バーツヤーヤナ(4世紀ごろ)の作。古代インド人は、ダルマ(法)とアルタ(利)とカーマ(愛)を人生の3要素として尊重し、それぞれに多数の経書がつくられた。カーマに関する文献は男女の性愛についての要訣(ようけつ)を散文または韻文で説いているが、その内容は、人生の三大要件(法・利・愛)の重要性や市民の生活、64種の技芸、男女の種々相を説き、性愛の技巧、少女との親近、結婚、妻女、娼婦(しょうふ)、誘惑、呪術(じゅじゅつ)、薬品などの事項を網羅している。性愛文献はサンスクリット文学と密接な関係をもち、文芸作品にはしばしば愛経(あいきょう)的(ポルノ的)叙述が用いられている。性愛文献中、最古にしてもっとも重要なのは、この『カーマスートラ』で、第1編は総論、第2編は性交、第3編は処女との交渉、第4編は妻女のとるべき態度、第5編は人妻との情事、第6編は遊女、第7編は秘法の7編に分かれ、さらに64のテーマに細分して述べられている。古典サンスクリット文学上、また古代インド社会研究上重要な文献であり、『ラティラハスヤ』や『アナンガランガ』をはじめ類書が多く残っている。
[田中於莵弥]
『バートン、大場正史訳『カーマ・スートラ』(1967・河出書房新社)』▽『原三正編『インド古代性典集』(1980・人間の科学社)』
現存する古代インドの性愛論書(カーマ・シャーストラ)のうちで,最も古くかつ重要な文献。バーツヤーヤナ(マッラナーガ)作であり,およそ4~5世紀ころに成立したと推定されるが,この成立年代はなんら確定的なものではない。古来,インドではダルマ(法),アルタ(実利),カーマ(性愛)を人生の三大目的(トリ・バルガ)とするが,バーツヤーヤナは特にカーマを学ぶ意義を強調してこの書を著したものである。彼は本書の最後で,〈この書は最高の禁欲と精神統一により,世人の生活に役立てるべく作られたもので,情欲を目的として編まれたものでない〉と述べている。本書は7巻(アディカラナ),1250詩節よりなる。7巻の内容は,第1巻〈総論〉,第2巻〈性交〉,第3巻〈処女との交渉と結婚〉,第4巻〈妻に関すること〉,第5巻〈他人の妻〉,第6巻〈遊女について〉,第7巻〈秘法〉である。本書は当時のインドの社会・文化を知るうえでも貴重な資料である。
執筆者:上村 勝彦
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… つめを立てて相手をかくのは,憎悪や怒りの場合だけとは限らない。インドにはつめのかき傷によって性愛の深さを表現する習慣が古くからあり,その種の記述は《ラティラハスヤ》《アナンガランガ》にもあるが,とくに《カーマスートラ》に詳しい。愛のかき傷をつくるため左手のつめを長くとがらせておけと勧め,かき方,かく部位,かき傷の形の分類まで述べている。…
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[インド]
バラモン教の4ベーダのうち,神官が唱える呪法をまとめた《アタルバ・ベーダ》の中に〈性欲を増進させるための呪文〉があって,男根を興奮させる薬草のことが繰り返し述べられている。古代インド人はこの方面をかなり熱心に探究しており,4~5世紀ごろの成立とされている《カーマスートラ》には薬で異性を魅惑する方法11種,強精剤13種,男根増大法4通り,その他性欲を衰えさせる薬のいくつかが記されている。また《ラティラハスヤ(性愛秘義)》(成立年代不詳,13世紀以前)にも精力を増大する薬,男根を大きくする薬,女性の性感を高める薬,女性性器を小さく縮めたり広げたりする薬が示され,《アナンガランガ(愛擅)》(16世紀)にも女性の性感を促し男性のそれを遅らせる薬や,強精剤の処方があり,なかには100人の女性と交わることも可能となる途方もないのもある。…
※「カーマスートラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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